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その場は、ひゅっと音が消えたみたいに静まり返った。

新谷芽衣は血の気を失い、新谷結奈を見たまま取り乱す。

「捏造よ! 偽物! こんなの嘘、嘘なの!」

新谷結奈はあまりにも平坦な声で言い、もうスマホをしまっていた。

「偽物かどうかは、警察が鑑定すれば分かる」

――前の人生。

新谷家の恩を思い出し、芽衣の誕生日だというのもあって、結奈は録音を消した。身代わりになった。

周囲は当然のように、新谷結奈が泥棒であると信じ込んだ。

結局、新谷奈津子が金で引き取って外へ出し、そのまま地下室へ放り込んだ。

そこから先は、ずっと暗闇だった。

最初は明るかった地下室が、いつの間にか湿った倉庫みたいな場所に変わっていくことも、そのときの結奈は知らない。

上へ上がることも、外へ出ることも許されず、奈津子は人をつけて監視までした。

「だめ! 警察には渡しちゃだめ!」

芽衣が慌てて結奈の腕にすがりつく。

「お姉ちゃん、私が悪かった! お願い、録音……出さないで……!」

結奈は一瞬だけ固まった。

やり直せるなら、別の答えが返ってくるかもしれない――そんな甘い期待が、胸の奥でわずかに芽を出す。

結奈は新谷奈津子へ視線を向けた。

「お母さん。もしこの録音がなかったら、私を刑務所に入れるつもりだったの?」

「数日でしょ。ちょっと入って、しばらくしたら出てくる。大したことじゃないわ」

奈津子は面倒そうに吐き捨てる。

「殺人したわけでもないんだから」

――やっぱり。

結奈は乾いた笑いを漏らし、まぶたを落とした。横目でブランドカウンターの空気をなぞる。

「ここにいる人、全員が私を泥棒だと思ってる。私の名誉は?」

返事を待たずにスマホを取り出し、通報するふりをする。

「やっぱり通報します。私、盗ってないし。お金もないので」

「……分かったわよ! 200万でしょ!」

奈津子はカードを突き出した。

「200万。このブレスレット、買い取る」

分かっていた。それでも胸がきゅっと酸っぱくなる。

五年前の自分は、奈津子が味方してくれることを期待していたのだ。

自分が盗めば警察署。芽衣が盗めば金で揉み消し。

――今回は、好きにさせない。

芽衣に名誉を壊されて、白い目で見られて、生きる場所を奪われた。

この人生では、その痛みをそっくり返してやる。

奈津子は店員たちを見下ろし、当然のように命じた。

「それと、ここにいた全員に20万円。今日のことは口外しないで」

20万円を断る者などいない。盗難が広まれば店側だって本部から叱責される。

こうして事件は、手際よく握り潰された。

奈津子は結奈の目前まで詰め寄り、鋭く睨む。

「結奈、録音を消しなさい」

結奈は落ち着き払って言った。

「消すのはいい。100万円ちょうだい」

人としての扱いを奪うなら、せめて金ぐらい吐け。

結奈には金が要った。五年前の自分はまだ働いていない。学費だって奈津子持ちだ。逆らえば、カードは即刻止められるだろう。

奈津子は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「100万!? 私のお金が、地面から湧いて出てくるとでも思ってるの!?」

「じゃあいい」

結奈は踵を返し、出口へ向かった。

「待って!」

芽衣が慌てて自分のカードを差し出す。

「……あげる!」

結奈は芽衣が100万を振り込むのを目の前で確認し、その場で録音を削除した。

ひとまず決着。三人は新谷家へ戻る。

玄関で地下室へ続く階段が視界に入った瞬間、膝が抜けそうになった。

唇を噛んで平静を装い、三階の自室へ向かう。ドアを開けると――荷物は床に散らばり、いくつかはゴミ箱へ突っ込まれていた。

結奈は振り返り、家政婦を呼び止める。

「これ、捨てていいなんて言ってない」

家政婦は事務的に答えた。

「奥様のご指示です。これからこちらは芽衣お嬢様のお部屋になりますので」

血の気が引いた。

やっと分かった。万引きの身代わり騒ぎは、追い出すための口実にすぎない。地下室送りも、最初から決まっていた。盗みはただの「きっかけ」だ。

恩はもう返し終えた。

ここから先は――出ていく。そして、代償を払わせる。

結奈は震える手を押さえながら背を向け、スマホを取り出した。クラウドに残しておいた録音と、現場で撮った動画を開き、警察へ送信する。実名で新谷芽衣の窃盗を通報し、被害額200万円の高額窃盗として即時拘束を求めた。

続けてブランド本社にもメールを送り、徹底調査を要求する。

生まれ変わって最初の一手。芽衣にも、名誉を失う痛みを味わわせる。

送信を終え、結奈は冷たい声で言い放った。

「今すぐ、全部元に戻して」

「奥様のご指示です」

家政婦は声を荒げ、露骨に嫌そうな目を向ける。

結奈は一歩踏み出した。

「私はこの家のお嬢様じゃないの? それとも新谷奈津子が、私を追い出せって言った?」

廊下の向こうから芽衣の声が飛ぶ。

「お姉ちゃん! なんで家政婦さんにそんなきついの!」

芽衣はのんびり歩いてきて、家政婦に向けて軽く顎をしゃくる。

「もう下がって」

家政婦はそそくさと去った。

結奈は芽衣をまっすぐ見据えた。

「この部屋、欲しいの?」

芽衣は腕を絡め、甘ったるく笑う。

「お姉ちゃん、私ね、昔からこの部屋が好きだったの。誕生日プレゼントだと思って、ちょうだい?」

結奈はその腕を振り払う。

「プレゼント? 盗んだブレスレットがあるでしょ」

「盗んでない! 私が買ったの!」

芽衣は必死に言い張る。

そのとき、一階でチャイムが鳴った。

家政婦が駆け上がってくる。

「芽衣お嬢様! 警察の方がいらしてます! お嬢様にご用件だそうで!」

芽衣は顔面蒼白になって後ずさる。

「警察……ありえない。録音は消した! 私、盗んでない!」

「調べたいなら、下で確認すればいい」

結奈は階段へ向かった。

芽衣が慌てて追い、そこへ新谷奈津子が姿を現す。

芽衣は突然、結奈の手を掴んだ。

「お姉ちゃん! 私、本当にわざとじゃないの! 許して……!」

次の瞬間、わざと足を滑らせるように体を反らし――ドンッ、と階段に倒れ込んだ。

「芽衣!」

奈津子が駆け上がり、結奈を乱暴に突き飛ばす。

「結奈! この恩知らず! 妹に手を上げるなんて! 今すぐ地下室へ行って反省しなさい!」

奈津子は、結奈がこれまで通り従うと思っていたのだろう。

だが結奈は動かない。二人を見下ろし、冷え切った声で言った。

「茶番は終わり。警察が来てる。私を地下室に閉じ込めるより、芽衣が拘束されるか心配したら?」

芽衣は憎悪を滲ませ、顔を上げる。

「結奈! 録音、消してないの?」

結奈は腕を組み、口元を嘲るように歪めた。

「消し損ねたのはそっちでしょ。クラウドって知らない? スマホはバックアップできるの」

奈津子が怒鳴り散らす。

「悪毒な女! どうしてこんな恩知らずを養女にしたの!」

芽衣は奈津子の腕にしがみつく。

「お母さん、今はそれどころじゃない! 警察が……!」

結奈は耳に髪をかけ、さらりと言った。

「警察の前で否定してほしいなら、見返りが必要」

奈津子は奥歯を噛みしめ、結奈を睨み据える。

「……何が欲しいの」

「南の郊外にある、あの物件」

結奈は知っている。南の郊外のその物件は、半年後にリゾート開発が決まり、価格が十倍に跳ね上がる。

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