第2章

深夜の東京。摩天楼からネオンの光が、血の滝のように降り注いでいる。

遠山慎は「地獄TV」本社の最上階、オフィスへの扉の前で立ち尽くしていた。手のひらにはじっとりと冷や汗が滲んでいる。

あの幽玄な緑色の瞳が、今も脳裏で燃え盛っていた。それと共に、あの女が食べ物を平らげる時の、異様な光景も。

あれは食事と呼べるような代物ではなかった。まさしく、捕食だ。

「入れ、慎君」

低い声が、扉の向こうから響いた。

雲介は巨大なガラス窓の前に腰掛け、街の光と影がその顔の上を流れていく。それが、元より陰鬱な面持ちを一層ミステリアスに見せていた。彼は振り返りもせず、ただ手の中のワイングラスをそっと撫でている。

「社長、本日の新人オーディションの件ですが……」

遠山慎の声は震えていた。

「彼女は特別だった、そうだろう?」

雲介はゆっくりと振り返り、口の端にほとんど貪欲とも言える笑みを浮かべた。

「一体何を見て、そこまで……怯えているんだ?」

遠山慎はごくりと唾を飲み込む。

「彼女のあの食欲は、到底、常人のものではありません。彼女が食べ終わった後、部屋全体の温度が下がったようにさえ感じました」

「ハッハッハ!」

雲介は高らかに笑い、グラスの中の赤ワインが血色のさざ波を立てた。

「面白い! 実に面白いじゃないか! 慎君、我々のチャンネルに今一番欠けているものは何かね?」

「か、欠けているもの……ですか?」

「視聴者が絶叫するようなネタだよ!」

雲介の目に狂気の光が閃く。

「すぐに手配しろ。明日、直々に彼女と会う」

その興奮は電流のように、遠山慎の神経を貫いた。

彼は悟った。自分はたった今、桃花のために地獄への扉を開いてしまったのだと。


翌日の午後、渋谷の高級レストラン。

桃花が個室の扉を開けると、すぐにその場にいた温和で上品な中年男性に目を引かれた。雲介は立ち上がって出迎え、春風のように穏やかな笑みを浮かべる。

「桃花さん、地獄TVのプロデューサー、雲介と申します。昨日は慎君から、君の素晴らしい活躍ぶりを報告してもらいました」

彼の声は磁性を帯び、人を惹きつける力があった。

「どうぞお座りください。提携の可能性についてお話ししましょう」

桃花は表向きには恐縮したような表情を浮かべたが、内心ではせせら笑っていた。この男から放たれる陰冷な気配は、昨日の小物とは比べ物にならないほど濃密だ。

「提携、ですか?」

彼女は無邪気を装って尋ねた。

「ええ、我々のチャンネルに『極限大食い』という看板番組がありましてね。月収は数百万にもなります」

雲介の眼差しが蛇のように這い回る。

「君の才能があれば、間違いなく次のカリスマになれる」

桃花は興奮したふりをして見せた。

「本当ですか? まるで棚からぼた餅みたい!」

「では、明日の午後、スタジオでのカメラテストはいかがでしょう?」

雲介は手を差し出す。

「保証します。これは、あなたの人生を変えることになる」

桃花がその手を握ると、瞬間、骨身に凍みるような冷気が伝わってきた。この男、絶対にただ者ではない。


地獄TVのスタジオ内。眩いスポットライトが空間全体を白昼のように照らし出している。

「視聴者の皆さん、ようこそ『極限大食い』のオーディション会場へ!」

司会者の声が甲高く響き渡る。

「本日のチャレンジャーは、美しき桃花さんです!」

小山のように積まれたラーメンを前に、桃花の心臓は太鼓のように鳴っていた。

ライブ配信の視聴者数は凄まじい勢いで増加し、コメントが滝のように画面を流れていく。

「スタート!」

箸を手にした瞬間、胃の腑から飢えの咆哮が聞こえた。いや……これは彼女自身の飢えではない。もっと深い、もっと根源的な渇望だ。

一杯、二杯、三杯……。

視聴者の絶叫がそこかしこで上がり、投げ銭の金額が画面を駆け巡る。だが、桃花にはもうそんなものは感じられなかった。ただ、体内のブラックホールのような虚無が、狂ったようにすべてを飲み込んでいくのを感じるだけだった。

「なんてこった! 彼女、もう十二杯も食べてるぞ!」

十五杯目のラーメンが胃に収まった瞬間、ライブ配信は大爆発した。

雲介はモニタールームに立ち、その眼差しは鷹のように鋭い。

「面白い……実に面白い」

彼は唇を舐めた。

「慎君、『深度開発』計画の準備を始めろ」

オーディションが終わり、桃花は千鳥足で化粧室へ向かった。冷たい水を顔に浴びせ、鏡を見上げる。

鏡の中には、芸香の面影がゆっくりと浮かび上がり、その表情は苦痛と絶望に満ちていた。彼女は震える手を伸ばし、スタジオの奥深くにある黒い鉄の扉を指差した。

「お姉ちゃん……」

桃花は胃のあたりをそっと撫で、内部で渦巻く闇の力を感じ取る。

「私に何を見つけてほしいのか、分かってる」

芸香の幻影はこくりと頷き、すぐに掻き消えた。

桃花が去った後、清掃員が後片付けのためにスタジオへ入った。だが、目の前の光景に彼は恐怖の叫び声を上げる——すべての食べ残しが消え失せ、床にはただ、獣の爪痕のような深くえぐられた跡だけが残されていた。

あの黒い鉄の扉の向こうで、何かが蠢いているようだった。

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