第4章

午前四時、東京の夜空はまるで墨を流したかのようだ。

桃花は地獄TVビルの前に立ち、三十階建ての鉄の巨獣を見上げていた。

ネオンサインはすでに消え、いくつかの窓だけが微かな光を放っている。それはまるで、怪物の目に浮かぶ血走った筋のようだった。

彼女の手は社員用アクセスカードを固く握りしめ、掌はすでに汗で湿っている。

体内の飢餓感は依然として荒れ狂い、時折引き裂かれるような痛みが走り、残された時間が少ないことを告げていた。

餓鬼の覚醒は回を重ねるごとに激しくなり、次こそは完全に自分を失ってしまうかもしれない。

――お姉ちゃん、会いに来たよ。

桃花は深く息を吸い、ビルの通用口を押した。

夜勤の警備員が一階ロビーでテレビを見ているらしく、角の向こうから音が聞こえてくる。桃花はつま先立ちで壁伝いに進み、非常階段の入口へとたどり着いた。カードをスキャンする音がやけに耳障りで、心臓が太鼓のように鳴り響く。しばらく待って誰も気づいていないことを確認してから、重い防火扉を押した。

階段は真っ暗で、非常灯が血のように赤い微光を投げかけるだけだった。

彼女は案内表示に従って階下へと向かう。狭い空間に足音が響き渡り、まるで地獄の底から聞こえる鬼の囁きのようだ。

地下一階、地下二階……。

地下三階の扉を開けた瞬間、湿った腐敗臭が鼻をついた。廊下の蛍光灯が明滅を繰り返し、真っ白な壁に不気味な影を落としている。

その突き当たりに、赤いセキュリティドアが静かに佇んでいた。

ドアには「危険区域・立入禁止」という目立つ警告表示が貼られていたが、それが桃花の決意を揺るがすことはなかった。

彼女はドアの前に進み、震える指で暗証番号を入力する――0304。

カチャッ――。

錠が軽く開く音がした。まるで、地獄への門が開かれたかのように。


赤い扉の向こうは薄暗い資料室で、空気中には紙が黴びた匂いが充満していた。

周囲には監視設備とファイルキャビネットがずらりと並び、無数のケーブルが蛇のように天井を這っている。桃花はスマートフォンのライトをつけ、光の束が暗闇の中を震えながら隅々まで照らし出した。

彼女の視線は、隅にある「極限企画・機密檔案」と記されたファイルキャビネットで止まった。

心臓の鼓動が再び速まる。桃花は歩み寄り、引き出しを開けた。中には大量のビデオテープとフォルダーが整然と並んでおり、一つ一つに日付と参加者の名前が記されている。

彼女の指はファイルの上を素早く滑り、あの見慣れた名前を探した。

ついに、一番下の段で彼女はそれを見つけた――「吉田芸香」。

フォルダーは分厚く、中には大量の撮影記録、契約書類、そして一冊の手書きの日記があった。桃花は震える手で最初のページを開く。

2023年1月15日

今日、地獄TVと契約した。簡単な大食いチャレンジだって言われた。月給も高くて、借金を返せる。雲介社長は優しそうな人で、きっと良いチャンスになると思う

ページが進むにつれて、芸香の筆跡はどんどん乱雑になり、内容も絶望的になっていく。

2023年2月3日

今日の撮影は少しおかしかった。変な服を着るように言われた。こっちの方が視聴者ウケがいいんだって。少し恥ずかしかったけど、お金のために我慢した

2023年2月18日

視聴者の要求がどんどんエスカレートしていく。雲介さんは、彼らを満足させないと投げ銭がもらえないって。一体これがどんな番組なのか、疑い始めた……

2023年3月5日

今日、彼らは私に……できないことをするように言ってきた。辞めたいって言ったら、雲介さんの顔が途端に恐ろしくなった。契約書には無条件で服従すると書いてある、もし違約したら破格の値段の違約金を払ってもらうって言われた

桃花の手はますます震え、涙で視界がぼやけていく。彼女はページをめくり続け、芸香が記録したさらなる屈辱と拷問を目にした。

2023年3月20日

今日の生配信は本当に耐えられなかった。あの視聴者たちの弾幕と要求は、死にたくなるほどだった。でも、協力しないなら今までの恥ずかしい動画を全部公開するって雲介さんに脅された。もう私に逃げ道はない

2023年4月2日

明日が最後の撮影だって言われた。『懲罰配信』だそう。雲介さんの目つきが、これがろくなものじゃないって物語ってる。すごく怖い……もし私に何かあったら、桃花、彼らがこれ以上人を傷つけるのを止めて

日記はここで途切れていた。

桃花は日記帳を固く握りしめ、目からは真珠のように涙がこぼれ落ちた。怒りがマグマのように血管を沸騰させ、体内の餓鬼がその感情に呼応して狂ったように暴れ始める。

「お姉ちゃん……」

彼女の声ががらんとした資料室に響く。

「必ず、あなたの仇を討つから」


その時、資料室の外の廊下が、眩い非常灯で突如として照らされた。

放送システムから雲介の聞き慣れた声が流れてくる。だが今、その声は冷たい嘲笑に満ちていた。

「桃花さん、そんなに興味があるなら、明日の特別企画に参加していただきましょうか」

桃花は瞬時に神経を張り詰めさせ、急いで芸香の日記を懐にしまい込んだ。

廊下から足音が聞こえ、どんどん近づいてくる。

彼女はファイルキャビネットの陰に隠れ、隙間から複数の警備員が懐中電灯を手に飛び込んでくるのを見た。彼らの光線が暗闇の中で交差し、獲物を追う狩人のようにあたりを薙ぎ払う。

「念入りに探せ、ここにいるはずだ」

先頭の警備隊長が命じた。

桃花は息を殺したが、恐怖と怒りによって体内の餓鬼が逆巻き始める。自分の歯が鋭く尖り、目に幽玄な緑色の炎が燃え始めるのを感じた。

だめ……まだ……。

彼女は力強く舌を噛む。激痛が一時的に餓鬼の覚醒を抑え込んだ。

「見つけたぞ!」

一本の懐中電灯の光が彼女を捉えた。

警備員たちがすぐさま駆け寄り、彼女を取り囲む。桃花はゆっくりと立ち上がり、悪意に満ちた視線と対峙した。

再び足音が響く。今度はもっと落ち着き払っていた。

雲介の姿が入口の影から現れる。その顔には冷たい笑みが浮かんでいた。彼はもはや温和なふりをやめ、本来の顔を晒している――その眼差しは毒蛇のように冷たく、口元には残忍な弧が描かれている。

「本当に聞き分けのない子だ」

彼はゆっくりと近づく。

「君のお姉さんと同じでね」

「この悪魔!」

桃花の声は震えていた。

「芸香に何をしたの?」

「私が?」

雲介は仰け反って大笑いした。

「私は彼女に金を稼ぐチャンスを与えただけだ。彼女自身が脆すぎて、視聴者の情熱に耐えられなかっただけだよ」

「彼女はあなたのせいで死んだ!」

「死んだ?」

雲介の笑みはさらに残忍さを増す。

「誰が死んだと言った?もしかしたら彼女はただ……別のものになっただけかもしれない」

桃花は、怒りによって体内の餓鬼が狂ったように咆哮するのを感じ、胃に引き裂かれるような痛みが走った。彼女の目の中の幽玄な緑色の炎はますます明るくなり、ほとんど隠しきれなくなっていた。

雲介はその変化を鋭敏に察知し、目に興奮の光を宿した。

「面白い……実に面白い。どうやら明日の『餓鬼体験配信』には、完璧な主役が見つかったようだな」

「何ですって?」

「特別な企画さ。君のような……特殊な存在のためにデザインされたね」

雲介は唇を舐めた。

「視聴者たちは、本物の餓鬼がどんなものか見られて、さぞ喜ぶだろう」

桃花は、自分がもっと大きな罠にはまったことに気づいた。雲介は最初から彼女の正体を知っていて、すべては彼が周到に仕組んだことだったのだ。

「君のお姉さんも、こうして聞き分けがなかった」

雲介は冷笑して言う。

「その結果は……君も見た通りだ」

怒りが烈火のごとく燃え盛り、桃花は歯を食いしばった。

「代償を払わせてやる」

「楽しみにしているよ」

雲介が合図をすると、警備員たちがすぐさま前に出た。

「彼女を連れて行け。手厚く『もてなして』やれ。明日の配信は、きっと素晴らしいものになる」

警備員たちに押さえつけられ資料室を去る時、彼女は体内の餓鬼がこれまでになく暴れているのを感じた。今回の飢餓感は津波のように押し寄せ、彼女の理性を完全に押し流してしまいそうだった。

彼女は知っていた。明日の「餓鬼体験配信」は、雲介が彼女のために仕掛けた死の罠だ。

だが同時に、それは餓鬼が完全に覚醒するきっかけになるかもしれない。

すべては、明日、決着がつく。

あの赤い扉がゆっくりと閉ざされる瞬間、資料室の奥の暗がりで何かが蠢き、低い唸り声を上げた。

その声は、どこか……芸香に似ていた。

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