第1章 自ら裁く
厳かな法廷に、ガベルが重々しく打ち下ろされた。
それに続いたのは、男の低く冷ややかな声だった。
「審理の結果、被告人朝霧和音は他人を教唆し、被害者桜庭依々に暴行を加え重傷を負わせた。犯罪事実は明白であり、法に基づき、懲役三年に処す」
「被告人朝霧和音、他に何か言いたいことはあるか?」
桐生瑛の視線が、鋭い刃のように遠くから突き刺さる。
視線が交錯した瞬間、朝霧和音は自らの心が抉られ、血が噴き出すのを感じた。
七年間も愛した人が、自らの口で彼女の罪を宣告したのだ。
彼女を断罪する証拠に疑わしい点があると知りながら、彼は、彼の『高嶺の花』の一方的な言葉だけを信じ、彼女に罰を与えようとしている!
朝霧和音は目の前のテーブルの縁を強く掴んだ。指先が白くなり、口を開いたときには、声がひどく嗄れていた。
「私じゃない、そんなことはしていない!桐生瑛、私を信じて……」
ガツン、とガベルが再び鳴り響いた。
桐生瑛の声は先ほどよりも、さらに嫌悪感を帯びていた。
「俺の名前を呼ぶな。やっていないと言うなら、証拠はあるのか?」
「それとも、この法廷の公正さを疑うとでも言うのか?」
その言葉が落ちると、法廷にいるほぼ全員が朝霧和音に視線を向けた。
桐生瑛。A市で最も若い首席判事。彼が裁いた事件に、間違いがあったことは一度もない。
公正?彼がそこに座っていること、それ自体が公正なのだ。
この事件は、彼が判決を言い渡した時点で既に終わっていた。朝霧和音はこれ以上何を言っても無駄だった。
桐生瑛が再び口を開く間もなく、刑務官が前に進み出て、朝霧和音を押さえつけて退席させようとする。
「桐生瑛に会わせて」
道中、朝霧和音は一言も発さなかったが、監獄の門が閉ざされようとするその時になって、ようやく嗄れた声でそう言った。
返ってきたのは、刑務官の嘲笑だった。
「今さら怖くなったか?もう遅い」
「朝霧のお嬢様なら、強姦犯が牢屋でどんな目に遭うかご存じだろう。お前みたいな主犯は、呵」
冷笑が、朝霧和音のこれからの獄中生活を物語っていた。
朝霧和音はただ唇をきつく結んだ。
「桐生瑛に会わせて。さもないと、桐生瑛が誤審したってことを世界中に知らせてやる」
彼女には理解できなかった。桐生瑛がなぜここまで自分に酷い仕打ちをするのか。自らのキャリアを賭してまで、自分を監獄に送ろうとするのか。
彼はそれほどまでに桜庭依々を愛しているというのか?
では、自分は?自分はいったい何だというのだろう?
三時間後、朝霧和音は望み通り桐生瑛に会うことができた。
男は公正を象徴する法服を脱ぎ、仕立ての良い高級スーツを身にまとっていた。その姿は彼の長身と長い脚を一層際立たせ、威圧的な雰囲気を醸し出している。
「俺を呼んだからには、本当に用があるんだろうな」
朝霧和音の胸に、また鈍い痛みが走った。
「どうしてこんな仕打ちを?あの証拠が全部でっち上げだって、あなたも分かっていたはず……」
言葉が終わらないうちに、桐生瑛が冷たい声で遮った。
「俺がお前を陥れたとでも言いたいのか?」
「依々ちゃんが意識を取り戻した時、暴行を加えてきた連中がお前の名前を叫んでいたと、本人の口から聞いたんだが。どう説明する?」
朝霧和音は愕然として目を見開いた。「違う!私はそんな人たち、知りもしない!それに……」
ここ数年、彼女はずっと桐生瑛の周りをうろついていた。A市で朝霧家の令嬢が桐生瑛の『犬』であることは誰もが知っている。そんな連中が自分の名前を知っていても不思議ではない。こんなものは証拠として成立するはずがない!
「今さら、まだ言い訳をするか」
桐生瑛はいつの間にか彼女の前に歩み寄り、大きな手で彼女の顎を強く掴んだ。
朝霧和音は無理やり顔を上げさせられ、彼の殺気に満ちた視線を真正面から受け止める。
「ここ数年、お前は俺にしつこく付きまとい、俺が依々ちゃんを気にかけていることに嫉妬して、裏で小細工を繰り返してきた」
「依々ちゃんがお前を庇ってくれたから、俺も大目に見過ごしてきた。だが、まさかお前の考えがここまで悪辣だったとはな!」
そう言い放つと、桐生瑛は嫌悪感を露わにその手を振り払った。
「俺が最も憎むのは、お前たちのように私利私欲のために手段を選ばない人間だ」
手足に枷をはめられた朝霧和音は、無様に床に崩れ落ちた。体の痛みなど、心の痛みの万分の一にも及ばない。
「桐生瑛、あなたはずっと、私のことをそう見ていたのね。ならどうして、私との婚約を承諾したの?」
婚約を承諾してくれたのだから、彼は多少なりとも自分を特別に思ってくれているのだと、そう信じていた。
なのに今、彼は説明の機会すら与えようとしない……。
「政略結婚だ。ただ、その相手がここまで厄介だとは思わなかっただけだ」
桐生瑛の口調には、うんざりした響きが満ちていた。
「こんなことが起きた以上、この茶番も終わりにすべきだろう。犯罪者を妻に迎えるつもりはない」
「数日もすれば、朝霧家の他の連中もお前の仲間入りだ」
前の衝撃から立ち直れないでいた朝霧和音は、その言葉を耳にして、完全に凍り付いた。
「……何て言ったの?」
桐生瑛は彼女を見下ろす。「朝霧家は経済犯罪を犯した。証拠は揃っている。三日後、俺が自らこの事件を審理する」
「桐生瑛!」朝霧和音はふらつきながら床から立ち上がり、心の底の無念がすべて怒りへと変わった。
「何かあるなら私にだけ向けてきなさい!家族を巻き込まないで!朝霧家は毎年真面目に慈善活動をしてきたのに、どうして経済犯罪なんかに関わるのよ?!」
「私に罪を認めさせて、代償を払わせたいだけでしょ?そんな手を使う必要がどこにあるの?」
桐生瑛は無表情だった。彼女の詰問は、まるで空気に向けられているかのようだ。
朝霧和音は思わず歯を食いしばり、狂ったように彼の襟首を掴んだ。
「どうして!どうしてこんな酷いことをするの!私が何をしたっていうの?あなたを好きになったから、罰を受けなきゃいけないの!」
「桐生瑛、あなたは公正を気取っているくせに、どうして私にだけ不公平なの!」
ただ一人の人を好きになっただけなのに、いったい何の罪があるというのか!
「待て!動くな!」
部屋の扉が外から開かれ、中の物音に気づいた二人の刑務官が、臨戦態勢で飛び込んできた。
「桐生判事、ご無事ですか?すぐにこの者を連れ戻します」
そう言うと、二人は朝霧和音を左右から押さえつけ、外へと連れ出していく。
部屋はすぐに静けさを取り戻した。
桐生瑛は一人部屋に佇み、朝霧和音の無念に満ちた瞳が時折脳裏に浮かんだ。
奇妙な感情が心に込み上げてくる。
突然、誰かが扉を開けて入ってきた。
桜庭依々の実の父親であり、桐生瑛の有能な部下だった。
「桐生社長、依々ちゃんのためにご尽力いただき、誠にありがとうございます。ただ、あの朝霧の小娘はたったの三年だとか……」
男は朝霧和音の刑期にかなり不満があるようだった。
桐生瑛は目蓋を伏せ、眼底の感情を押し殺すと、彼を一瞥した。
「何か問題でも?」
男は目を赤くしながら言った。「この事件はこれだけ広まってしまった。これから依々ちゃんはどうすれば……」
桐生瑛は眉間に微かに皺を寄せたが、その口調に波はなかった。
「この件は俺が原因の一端でもある。彼女を娶ろう。彼女が望むものは、何でも与える」
男の表情が、それでようやく晴れやかになった。
監獄。
朝霧和音は監房に戻るやいなや、数人の同房者に囲まれた。
「新人じゃないか。強姦教唆罪だそうだな?しかも被害者は桐生判事の恋人だとか。いい度胸してるじゃないか!」
先ほどの出来事を経て、朝霧和音の心はとうに鋼のように鍛え上げられていた。聞こえないふりをして、自分の寝床へと向かう。
「気取ってんじゃないよ!桐生判事の女にまで手を出すなんて!来い!今日はこいつをきっちり躾けてやる!」
リーダー格の女がそう言い放つと、監房の者たちが朝霧和音に一斉に襲いかかった。
朝霧和音も腹の虫がおさまらず、勝ち目がないと分かっていても、反撃に出た。
しかし、多勢に無勢。二、三度突き飛ばしただけで、屈強な女たちに床へ押さえつけられてしまった。
パン、パン、と乾いた平手打ちの音が監房に響き渡る。
朝霧和音の意識は次第に遠のいていった。
気を失う前、彼女の頭にはたった一つの思いしかなかった——。
どんなことがあっても、絶対に生き延びなければ。私には、両親と兄が待っているのだから……。
















