第3章 桐生判事をしっかりと世話する
朝霧和音はまだ動悸が収まらず、茫然としているところに、鷹宮剛の軽薄な言葉が聞こえてきた。
彼女は無意識に反論する。
「違います! 誰かに押されたんです!」
その言葉が落ちるや否や、周りの御曹司たちは潔白を示すように一斉に両手を挙げた。
「俺たちはやってないぜ。鷹宮の若旦那が目をつけた女に、俺たちが指一本でも触れるわけないだろ?」
「仮に誰かに押されたとしても、これだけ人がいる中で、なんでよりによって鷹宮の若旦那の懐に飛び込むんだ? わざとじゃないのか?」
鷹宮剛は彼女の耳元で意地悪く笑う。
「何を怖がることがある。俺のことが好きなのは、別に恥ずかしいことじゃないだろ」
朝霧和音は二人の距離がいかに近いかにはっと気づき、すぐさまもがいて身を起こそうとした。
鷹宮剛は彼女の腰をしっかりと押さえつけ、薄い布越しにその曲線を手で感じていた。
彼はこれまで数多くの女と遊んできたと自負していたが、腕の中の女は彼女たちと比べ、腰が一際細いように思えた。まるで少し力を込めれば、片手で掴めてしまいそうだ。
そう思いながら、鷹宮剛は本当に手のひらを広げて試そうとした。
腰の上の束縛が消え、朝霧和音はその隙に立ち上がろうとする。
次の瞬間、個室のドアが開き、一人の御曹司が笑みを浮かべて入ってきた。その後ろにはもう一人連れている。
「待ちに待った桐生判事がようやくお越しだ。さっさと歓迎しないか?」
個室は束の間沈黙に包まれ、皆の視線が申し合わせたかのように鷹宮剛へと向かう。
鷹宮剛は手を挙げ、軽く二度拍手した。
「桐生判事のご光臨、誠に光栄の至りです」
それを合図に、皆も続いて挨拶の声を上げる。
朝霧和音は鷹宮剛の腕の中に座ったまま、全身が凍り付いていた。
桐生判事? 桐生瑛? どうしてこんな偶然が?
彼女は信じられない思いで、首を巡らせて一瞥した。
個室のドアは大きく開け放たれ、男の長身が入り口に立っている。廊下の光が彼の背後から差し込み、その極めて秀でた顔の輪郭を縁取っていた。
桐生瑛でなくて誰だというのか?
まさか、こんなに早く再会するなんて。
朝霧和音の心に、様々な感情が渦巻いた。
この男だ。この男のせいで、私は三年間もの獄中生活を送り、帰る家さえ失ったのだ!
朝霧家の他の者たちが今どうしているのか、彼女は未だに何も知らない……。
彼女の憎しみが強すぎたせいか、桐生瑛がこちらに顔を向けた。
視線が交わる寸前、朝霧和音はぐっと歯を食いしばり、全身を鷹宮剛の懐に隠した。
まだその時ではない。それに、こんな姿で彼の前に現れたくはなかった。
鷹宮剛は彼女が甘えてきたのだとばかり思い、満足げにその耳たぶを弄ぶ。
「桐生判事は少し怖いかもしれないが、そんなに怯えなくてもいいだろ」
朝霧和音は俯いたまま答えず、体をひどくこわばらせていた。
桐生瑛が自分を見ているのがわかる。
鷹宮剛もそれに気づいた。
「桐生判事は――俺の女に目をつけましたか? 残念ながら、うちのベイビーはお気に召さないようです。あなたのことを怖いと思ってるみたいですよ」
鷹宮剛は片手で女の腰をぐっと引き寄せ、挑発するように視線を上げた。
桐生瑛はその挑発には乗らない。
「私には婚約者がいる」
その口調には、軽蔑の色さえ含まれていた。
言い終えると、彼は足を踏み入れて中へと進んだ。
桐生・鷹宮の両家はA市で対等に張り合っており、桐生瑛の席も当然のように鷹宮剛の隣に用意されていた。
腰を下ろす際、視界の隅に映った鷹宮剛の腕の中の女に、桐生瑛の目が留まった。
この女の体つきには、どこか見覚えがある。まるで――
朝霧和音。
自分がまさかあの女を思い出すとは、桐生瑛は不快に眉をひそめた。
あの女の三年間の刑期はまだ数ヶ月残っているはずだ。今頃、彼女は刑務所にいるはずだった。
彼はそれ以上考えるのをやめた。
席に着くと、すぐに誰かが恭しく酒を差し出してきた。
桐生瑛は手を挙げて受け取ったが、口はつけなかった。彼は元々こういう場が好かず、今日来たのも公務のためだった。
「今日ここへ来たのは、鷹宮の若旦那に伺いたいことがあるからです。鷹宮アイランドパークの件、どうするおつもりですか?」
鷹宮家は先日、島でのテーマパーク開発プロジェクトに着手したが、島民から訴えられ、法廷は鷹宮グループに出廷を命じた。しかし開廷時、被告人席は空席のままだった。
鷹宮剛は全く意に介さない様子だ。
「桐生判事は役人仕事で頭がおかしくなったんじゃないですか? 我々は商人であって、慈善家じゃない」
「あの島民たちは欲深いだけだ。金が足りないと思っているに過ぎない。鷹宮グループが彼らの言いなりになったら、どこまでふっかけてくるかわかったもんじゃない」
桐生瑛は長い脚を組み、指の関節で膝を軽く叩いている。それが何とも言えぬ圧迫感を与えていた。
「鷹宮グループが島の土地を欲するなら、相応の誠意を見せるべきです。あなた方が島民とどう調整するかは私の知ったことではないが、法廷の尊厳は無視できません。次回の開廷で鷹宮グループがまた欠席するようなら、このプロジェクトは差し止めることになります」
その場にいたほぼ全員が、彼の言外の意味を理解した。
鷹宮剛を脅しているのだ。
協力しなければ、桐生瑛には彼のプロジェクトを頓挫させる方法がいくらでもある、と。
まさか桐生瑛がここまで鷹宮剛の面子を潰すとは、誰も思っていなかった。
個室の雰囲気は一気に張り詰め、まるで一触即発の大戦前夜のようだ。
朝霧和音は鷹宮剛の腕の中で縮こまり、心の底から大きな皮肉が込み上げてきた。
なんて滑稽なのだろう。見ず知らずの島民のためでさえ、桐生瑛は進んで力を尽くすというのに。
私だけは、弁解の機会すら与えられず、彼によって地獄に突き落とされた。
「桐生判事は実に正義凛然としていらっしゃる」
鷹宮剛が彼女の心の声をそのまま口に出し、嘲るように二度拍手した。
「知らない者が聞けば、桐生家が裏で島民と何か取引でもしたのかと思うでしょうな」
桐生瑛は淡々とした口調で答える。
「職務を全うしているだけです」
「結構な職務ですこと」
鷹宮剛は冷笑し、視線を朝霧和音へと滑らせた。
「桐生判事の仕事には協力しましょう。ですが、今日わざわざ俺の縄張りに来たんですから、あなたも俺に協力してくれてもいいでしょう?」
朝霧和音の胸に不吉な予感がよぎる。
案の定、次の瞬間、鷹宮剛は彼女の肩を掴むと、腕の中から引きずり出した。
「ベイビー、さっきの桐生判事の話は全部聞いたろ。鷹宮グループのプロジェクトはお前の手にかかってるんだ。行って、桐生判事をしっかりもてなしてやれ」
言い終わるや否や、鷹宮剛は彼女を桐生瑛の方へと突き飛ばした。
「ご安心ください、桐生判事。こいつは綺麗な体ですよ。俺もまだ楽しんでいないんですから、まずはあなたにもてなしをさせましょう」
「桜庭さんのことは、俺たちの口は堅いですよ」
鷹宮剛は悪意に満ちた目で桐生瑛を見つめる。
この二人には何かある、と彼は確信していた。でなければ、先ほどのこの小娘の反応はあり得ない。
明らかに、彼女は前から桐生瑛を知っており、そして、ひどく彼を恐れている。
朝霧和音は不意に突き飛ばされ、無様に桐生瑛の前に跪く羽目になった。
桐生瑛の威圧的な視線が頭上から突き刺さる。彼女は強く歯を食いしばり、頭が地面に埋まるほど深くうなだれた。
「桐生判事は婚約者の方を深く愛していらっしゃいますし、私はご迷惑をおかけするわけには……わ、私は……」
彼女は必死で言い訳を探し、この場を逃れようとした。
三年の獄中生活は彼女の精神を打ち砕き、声も潰してしまった。視線を合わせさえしなければ、桐生瑛に気づかれることはないと自信があった。
だが、まさか桐生瑛が自分に手を差し伸べてくるとは思わなかった。
「立て」
その言葉には、紳士的な響きが満ちていた。
朝霧和音の心臓がわずかに縮こまり、頭をさらに低く垂れる。
桐生瑛は目の前の女を見つめ、心の中の微妙な感情がますます強くなるのを感じていた。
照明が二人をよぎったその時、女の鎖骨にある赤いほくろが、彼の目に鋭く突き刺さった。
桐生瑛の瞳がたちまち険しくなり、朝霧和音の顎をぐいと掴み、無理やり顔を上げさせて自分と視線を合わせた。
朝霧和音の真っ青な顔が目に映る。
桐生瑛の瞳にあった平静は、たちまち嫌悪に取って代わられた。
「なぜお前がここにいる?!」
そう言い放つと、まるで汚らわしいものに触れたかのように、忌々しげに手を離した。
















