第4章 狭路相逢

A市に戻る途中、藤原大輔さんの携帯を借りて森川琴子に電話をかけた。

知らない番号だったからか、琴子の応答は少し遅かった。

電話に出るのを待つ間、私は気持ちを整理した。

今となっては、自分の身を守ることが最優先だ。

「琴子ちゃん、私よ」感情を抑えながら、一言一言はっきりと言った。

私の声を聞いた途端、琴子は心配そうに話し出した。

「佳恋ちゃん、どこにいるの?何かあったの?今夜連絡が取れなくて変だなと思って、家まで行ったのよ。でも留守だし、電話しても出ないし、そのうち電源も切れちゃって...心配で死にそうだったわ!」

十分な心の準備をしていたつもりだったのに、琴子の声を聞いた瞬間、それまでの強がりは崩れ去ってしまった。

涙を乱暴に拭いながら、詰まった声で「大丈夫、外にいるの」と答えた。

「渡辺光と一緒なの?」

その質問に、私は答えられなかった。どう答えていいのかも分からなかった。

「あいつ、絶対許さないわ。妊娠してるのに連れ回すなんて...明日にでも叩きのめしてやる。怖がらなくていいわ、何かあったら私がついてるから」

琴子が赤ちゃんのことに触れた途端、もう泣き声を抑えきれなくなり、慌てて口を押さえて電話を切った。

藤原大輔は会話の内容を聞いていたのだろう。私のお腹と血の付いた足を見つめ、眉間にしわを寄せていた。

彼の鋭い目つきから、私の身に起きたことを察したように思えた。

けれど彼は何も聞かなかった。

ただエアコンの温度を少し上げながら、優しく言った。

「後ろに薄い毛布があります。必要でしたら、車を止めて取ってきますが」

携帯を返しながら、私は会話する気力もなく、ただ疲れ切っていた。

藤原大輔は黙ってタバコに火をつけた。

車内は静寂に包まれた。

対向車線にヘッドライトが見えてきた。

思わずシートを後ろに倒し、車が行き違う。

藤原大輔は私をちらりと見たが、何も言わなかった。

「旦那さんですか?」

「自分の子供を殺した男なんて、旦那さんなんて呼べないわ」

「さっきそう言ってくれれば、止めて仕返ししてあげたのに」

藤原大輔は無表情でそう言った。

「普通の男なら、そんなクズは許せないものです」

実は私は前から渡辺光がろくな人間じゃないと気付いていた。数ヶ月前から、様子がおかしかった。

妊娠してから、もう随分セックスもしていなかった。

最初は私への思いやりだと思った。夫の愛情と、産婦人科医としての職業倫理かと。

でも、一つだけ気になることがあった。

渡辺光は書斎に入るたびに、玄関に鍵をかけていた。

家には私たち二人きりなのに、明らかに私を警戒していた。

女の勘で、ある平日に書斎の扉を密かに開け、真相を確かめることにした。

書斎の机は几帳面に整頓され、埃一つない状態で、彼の潔癖症らしい清潔さだった。

妊婦の被害妄想かと自嘲しかけた時、書斎のベッドで一本の髪の毛を見つけた。

私のものではない、女の髪の毛を。

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