第5章 実は私はとっくに知っていた

「浮気したの?」

聞き役に徹していた藤原大輔がハンドルを握り直しながら尋ねた。

「はっきりとは分からないの」

あの日以降、彼の書斎に盗聴器を仕掛けたわ。確かに女との行為の声は聞こえたけど、家の防犯カメラには女性が出入りする姿は映っていなかったの。

「それで?どう対処するつもり?」

私は苦笑いを浮かべた。彼の質問が可笑しく思えたのか、それとも自分自身を嘲笑っているのか。

「もう26歳だよ。できる限りの法的手段を取るわ。これまでの盗聴録音も全部保存してある。将来、婚姻破綻の原因を立証する証拠として使えるはずだわ。ただ...」

「まだ未練があるんだね」

藤原大輔が私の言葉を代わりに紡いだ。

そう、未練がある。でも感情的な執着というより、寝たきりの母のことよ。この何年もの医療費は私と渡辺光で分担してきた。私の給料だけじゃ、母の医療費を全部まかなうのは正直きついの。

形骸化した結婚にしがみついている理由を、私は自分に都合よく説明づけた。でも、初対面の人に私の苦しみを長々と語る必要なんてないわ。

「右のマンションの入り口で降ろしてもらえる?到着したわ。お茶でもどう?なんて誘えないけど。洗車代とクリーニング代は必ず後でお返しするわ。今日は本当にありがとう」

藤原大輔は何も言わず、頷くだけだった。口角を引き締め、私を見つめる瞳には探究するような、理解しがたいような気持ちが宿っていた。

「家の片付けが終わったら、総合病院で診てもらった方がいい。男だけど、流産後のケアを怠ると婦人科系の病気になりやすいって知ってるよ」

彼の視線の先にある、まだ少し血の跡が残る太腿の内側に気づき、私は気まずさを感じながらも、微笑んで聞き入れる素振りを見せた。

藤原大輔と別れた後、私は渡辺光との家に戻った。

玄関に入るなり、私たちのウェディングフォトが目に入る。今となっては皮肉にも痛々しく感じられた。

簡単に体を拭き、身分証明書を取り出し、普段着る服をキャリーバッグに詰め込んだ。最後に玄関で、この所謂「家」を一目見て、背を向けた。

マンションの入り口まで来て、忘れ物を思い出した。

ミケという名の野良猫。ある日の帰り道で出会って、私を選んでくれた子。足を引きずりながらも、一緒に家まで着いてきたの。

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