第2章 誕生日パーティー

「南、記憶喪失したって聞いたんだろ?」水原寧々の表情には苦しみが滲んでいた。彼女は信じられなかった。愛してくれた人が、どうして忘れると言えるのか。

「お前に警告だ!俺のことに口出しする資格はねぇ!」

藤原南は一言吐き捨て、憤然と去っていった。

水原寧々は呆然と立ち尽くしていた。

夏目空が近づいてきて、そっと彼女を呼ぶ。「寧々」

水原寧々が振り返り、夏目空を見る。藤原南の幼馴染であり、彼らの共通の友人。

「寧々、一緒に朝食を食べるか?」夏目空が尋ね、目には気遣いが満ちている。

さっき藤原南が水原寧々を責めた言葉を、彼はちょうど聞いていた。

水原寧々は今、きっと苦しんでいるだろう。

「夏目さん、ありがとう。もう食べたから。授業に行かなきゃ」

水原寧々は振り返ろうとする。

夏目空は急いで一歩前に出て彼女を引き留める。

「寧々、来週の土曜日は俺の誕生日だ。クラブで個室を予約したんだけど、来るか?」

夏目空は水原寧々が何も言わないのを見て、付け加える。「他にも何人か友達が来る」

夏目空と藤原南は幼馴染であり、夏目空の誕生日には藤原南もきっと来るだろう。

そこで、水原寧々は言った。「行くわ」

その後、年月が経ち、数々の波乱を経験した水原寧々は、身近な人々が次々と彼女のそばから去った後、何度も後悔した。もしあの日、行かなかったら、どれほど良かったろう。

しかし、世の中にはそんなに「もし」があるわけがない。

あの土曜日の夜、水原寧々は慎重に身なりを整え、鏡の前で薄化粧を施した。

彼女は元々美しく生まれ、人々の中で目立つ存在だった。少し手を加えるだけで、周囲を驚かせることができた。

彼女は細いハイヒールを履き、クラブの個室の扉を開けると、すぐに藤原南と、佐藤桜を見つけた。

そして、他にもたくさんの馴染みの顔がいた。

佐藤桜の従兄弟である葉田長明は、水原寧々が入ってくるのを見ると、手に持っていたコップの中の酒を一気に飲み干し、コップをテーブルに力強く置き、水原寧々に歩み寄った。

彼の小さな目が細められ、水原寧々に近づき、斜めに口角を上げて嘲笑った。「ここは誰でも入れるのか?」

水原寧々は身をよけた。彼は滑りやすい蛇のようで、彼女にさまざまな不快感を引き起こした。

夏目空は手に持っていた酒杯を置き、急いで近づいてきた。「寧々、来てくれてありがとう」

ついでに葉田長明を一旁に引っ張った。

水原寧々は強引に微笑んだ。「夏目さん、お誕生日おめでとう!」

彼女はまだ藤原南に最初の言葉をどう伝えるか考えていなかった。道中で練習したセリフは、佐藤桜を見た瞬間、口に出すことができなくなった。

個室の中には全て藤原南の友人や幼馴染がいた。

以前は彼女の友人であり、幼馴染だった。

藤原南と彼女も幼い頃から一緒に育った仲だ。

しかし、彼女が入院していた2年間、佐藤桜は徐々に彼女の代わりを務め、藤原南の隣に座るようになっていた。

そのため、それらの友人たちは全て佐藤桜の友人となった。

もちろん、その中には葉田長明は含まれていない。

水原寧々は突然息苦しく感じ、横にある酒杯をつかんで一気に飲んだ。

隅の方で誰かが小さな声で何かを呟いたようだ。

水原寧々は藤原南をじっと見つめた。

佐藤桜が立ち上がる。「私、先に失礼します。明日の朝に用事があるの」

葉田長明が彼女を呼び止める。「姉ちゃん、待ってよ!出て行くべきはお前じゃないだろ!」

藤原南は彼女を追おうとしたが、水原寧々に引き止められた。

水原寧々は頭に上がってきた酒の勢いを利用し、藤原南の腕をつかんで「ついてきて」と言った。

分からないほど強い力で、藤原南を引っ張って個室を出た。

藤原南も出る際に一杯飲んでいたが、今は目が赤くなり、水原寧々を壁に押し付けて睨んだ。

「水原寧々、お前が桜を追い出したのか?俺の幸せを見るのがこんなに嫌のか?」

水原寧々は藤原南の口の開閉を見て、突然目が回りそうになった。

普段酒に強い方ではあるが、今は頭がぼんやりしていて、めまいがひどい。

全身が熱くなり、涼しい場所を求める切実な欲求が湧き上がってきた。

体のどこかで、今まで経験したことのない欲望が湧き上がってきた。

それは恐ろしくて恥ずかしい気持ちを彼女に与えた。

彼女はつま先立ちになり、両腕を藤原南の肩にかけ、彼の首に手を回し、自分の顔を寄せた。

藤原南は彼女がそのような様子を見て、後ろのドアを押し開け、彼女を一回転させて中に押し込んだ。

部屋に入ると、藤原南は彼女をベッドに押し倒した。

水原寧々は震え声で言った。「南、暑い」

藤原南は自分のジャケットを脱ぎ捨て、「水原寧々、これがお前の手口か?薬を盛ってベッドに引きずり込むつもりか?お前って本当に卑しいな!お前がそんなに恥知らずなら、俺も付き合ってやるよ!」

藤原南はネクタイを一気に外し、脇に放り投げた。

藤原南の荒い息遣いが水原寧々に吹きかかると、彼女はもう考える余裕がなかった。

口が渇き、体中の炎が燃え盛り、彼女を丸ごと焼き尽くそうとしていた。頭が鈍くなっているが、今、彼女ははっきりと理解している。彼女は薬を盛られたのだ。

それは理性を失わせ、恥知らずになるような薬だ。

藤原南の様子から見ると、彼女だけでなく藤原南も薬を盛られたようだ。

単なるアルコール過剰ではこのような反応は起こらない。

さらに、事故後、藤原南は彼女を避けるようになり、決して自発的に彼女に触れることはないだろう。

しかし今、藤原南の雄々しい体が水原寧々の小さな体に圧し掛かっている。

力量の差は明らかだ。

水原寧々は深い絶望と無力感を感じていた。

彼女の頭は爆発しそうだ。

彼女全体が爆発しそうだ。

冷や汗が彼女の額を濡らし、下着を濡らしていた。

しかし、高すぎる体温がすぐにそれらを乾かしてしまった。

彼女の体温は恐ろしく高く、心臓はすでに氷の中に沈んでいた。

藤原南の接近と彼の荒々しさに直面し、彼女はあの悪夢の水原実家を思い出した。暗く湿った地下室を思い出した。黒ずんだ壁に、干からびた黒い血痕が残っているのを思い出した。ムチが肉を打つ音。鎖が地面を引きずる音。喘ぎ声。懇願の声。ののしり声……

水原寧々は悲鳴を上げた。

彼女は藤原南を好きだが、二人は深い交流を持ったことはなかった。

以前は、感情が高ぶったとしても、藤原南が彼女をキスし、一歩進もうとすると、彼女が彼を押し戻していた。

その後、藤原南は彼女に謝罪し続けた。

「ごめん、寧々、絶対に君を強要しない。ゆっくり待つよ、君が恐ろしい過去を忘れる日、君がいつか完全に受け入れてくれる日を。私を本当に受け入れてくれる日を」

今、彼らは共に荒い呼吸をしており、目の端が赤くなっている。

下腹部から伝わる灼熱感は、彼女を焼き尽くしそうだ。

彼女の体は、欲望を解放する場所を必死で探していた。

藤原南の触れることで、彼女の口から、非常に恥ずかしい喘ぎ声が漏れた。

この喘ぎ声が、彼女の体の欲望をさらに刺激した。

彼女の頭の中で、ただちにこの場所から逃げ出したいという思いが芽生えた。

藤原南は再び彼女に近づいていた。

情欲と軽蔑が彼の目に宿っていた。

「水原寧々、これがお前が望んでいたことか?早く言えばよかったのに。与えてやるよ。なぜ偽善を装う?」

彼の視線は冷酷で無情だった。彼は彼女の白いジャケットを脱がせた。

「南、そんなことは……」水原寧々は泣きながら彼の袖をつかみ、彼の次の行動を阻止しようとした。

藤原南は一方を払い、彼女のシャツのボタンを乱暴に引き裂き、服を一気に脱がせた。

水原寧々は自分の露出した腕を抱え、彼に懇願した。

「藤原南、私は、これは私の意志ではない、やめて……」

「やめて?何をやめる?お前はいつも偽善的な態度で私の前に現れ、桜を悲しませるふりをして、裏ではこんなに乱れているのか?」

彼は彼女の一本の脚を乱暴に持ち上げ、スカートを引き裂いた。

昔は愛し合っていた二人が、今彼が言うような非情な言葉を口にできる。

「水原寧々、俺は前はお前がこんなに卑しいとは知らなかったのか?お前の強姦犯の親父だけが、お前のような卑しいものを生むことができる!お前は桜にも及ばない!お前はどうして毎日私の前に現れるのか?桜を悲しませることが嬉しいのか!」

彼は一瞬で彼女の最後の一片の布も引き裂いた。

水原寧々は自分がどれだけの涙を流したかわからなくなっていた。彼女は全身の力を振り絞って藤原南を押し返した。

彼は彼女が拒絶するつもりだと思い込んでいた。

彼は彼女の脚を押さえ、彼女に重いキスをした。

水原寧々は必死で彼を押し返した。

「藤原南!後悔するな!」

水原寧々はついに藤原南を床に押し倒した。

藤原南は頭が割れるような頭痛に襲われ、記憶のかけらが土から出てくるようだった。

バラの花が咲く五月、空気は甘い香りに満ちていた。

少女が彼を壁に押し付け、優しく彼をキスした。

「藤原南……」

誰かが彼を呼んでいる声が聞こえる。

水原寧々が彼を押した瞬間、彼女は全身の力を使った。

頭がぼんやりする前に、彼女は藤原南に向かって叫んだ。「私を放して……」

しばらくして、外から重いノック音が聞こえた。

葉田長明が仲間を連れてやってきたのだ。

彼は外で大声で叫んだ。「南さん!中にいますか?南さん!どうしたんだ?」

そして一団が部屋に押し入った。

夏目空が最初に気づき、途方に暮れている水原寧々に急いでジャケットをかけた。

彼は振り返って葉田長明の携帯電話を叩き落とした。

「葉田長明!何をしている!消せ!」

葉田長明は携帯電話を拾い上げ、水原寧々を陰険に見た。

「何を言っている」

葉田長明は床に倒れている藤原南を引き上げ、水原寧々に意味深な視線を送り、去っていった。

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