第1章

「葉山さん、おめでとうございます。妊娠八週です!」

葉山萌香は青天の霹靂を食らったように「え?」

妊娠?そんなはずない。しかも八週も?

高橋司とはずっと避妊には気を付けていたのに!

思い返せば、二ヶ月前の高橋司の誕生日に、最初の少しだけ、危険な行為があったことを薄々思い出した。

たった一度。

一度だけなのに......

「お嬢さん、あなたは妊娠しにくい体質なので、この子は大切にした方がいいですよ」医師は一人で検査に来た葉山萌香の憔悴した様子を見て、優しく諭すように言った。

妊娠しにくいのに、一度でできてしまうなんて?

これは幸運なのか、不運なのか?

葉山萌香の胸は苦しさでいっぱいになった。

病院を出ると、冷たい秋の風の中で、葉山萌香はしばらく呆然と立ち尽くしていた。

検査結果を握る手は震え、目から涙がこぼれ落ちた。それが喜びの涙なのか、悲しみの涙なのか、自分でもわからなかった。

五年前、債権者が押し寄せ、祖母が重病を患い、大金が必要だった時。

すべてを諦めかけた時、高橋司と出会った。彼女は高橋司の心の人、高嶺の花によく似ていると言われた。

でも、その高嶺の花は高橋司が事故で植物人間になった時、ヨーロッパの名門貴族と結婚して海外に去ってしまった。

高橋司は本当にその高嶺の花を愛していたのだろう。捨てられても、まだ忘れられないでいる。

彼女と出会ってから、家の借金を解決し、最高の病院で祖母の治療を手配してくれた。

そして彼女は、表向きは高橋司の秘書、裏では身代わりの愛人となった。

この五年間、本来の性格を隠し、高嶺の花のすべてを真似て、従順で可愛らしく振る舞い、精一杯高橋司を喜ばせてきた。もう疲れ果てていた。

理性が少しずつ戻ってきて、頭の中で素早く損得を計算した。

平らなお腹を見つめながら。

この子は産めない——そう思った。

昨日の午後、ベインキャピタルの社長である高橋司が二週間の出張から戻ってきた。今回は珍しく彼女を連れて行かなかった。もう飽きたのかと思っていた。

正直、彼女はそれを喜んでいた。早く次の人に変えてくれればいいのにと願っていた。

ところが、高橋司は出張から戻るなり、彼女が退社して彼の家に行くのを待つこともなく、すぐに秘書室に連れ込んだ。

激しい情事の後、休憩室には彼女のスカートと高橋司の高級スーツが散らばっていた。

高橋司は後ろから彼女を強く抱きしめ、口付けを首筋に落としていた。

葉山萌香は株主たちが会議で待っていることを小声で告げた。

高橋司は冷たく返事をすると、やっと葉山萌香から手を放し、浴室へ向かった。

葉山萌香は体の不快感を我慢しながら、高橋司の予備のスーツを取りに行った。

高橋司が浴室から出てきてスーツに着替えると、葉山萌香は優しくネクタイを結んでやった。

彼は葉山萌香を見下ろした。彼女の優しく従順で気の利く様子に満足そうだった。

「机の上の小切手、4億だ」高橋司はゆっくりと言った。「それに、秀山湖の別荘も君の名義に移す」

葉山萌香は手を止め、困惑した様子で高橋司を見上げた。

「社長、どうして急に...」

高橋司は軽蔑的な目つきで彼女の顎を掴んだ。「ご褒美だ」

ご褒美?それとも噂の別れ金?

確かに高橋司は彼女に対していつも気前が良かった。でもこんなに一度にくれたことはなかった。

高橋司は指先で葉山萌香の少し腫れた唇を撫で、冷ややかな声で誘うように言った。「これからもこうやって素直で言うことを聞いていれば、もっと与えてやる」

葉山萌香は高橋司を見つめ、理解に苦しんだ。

これから?まだ関係を切るつもりはないの?

葉山萌香は愛らしく媚びるような態度を装って、小さく頷いた。「かしこまりました、社長」

彼女の返事を聞いて、高橋司の苛立ちは一瞬で消え去った。

高橋司は軽く頷き、「午後は休んでいいぞ」

「かしこまりました~」葉山萌香は頷いた。

その後、高橋司は立ち去った。

彼が去った後。

葉山萌香は小切手を手に取り、綺麗な眉を寄せた。

午前中に携帯で見たニュースを思い出す。

『速報!ベインキャピタル社長、百年財閥ローズ家のお嬢様と婚約へ。二大財閥の強力タッグで世界の資本勢力図に大きな変化か』

葉山萌香は額を押さえ、呆れて笑い出した。

これが高橋司が突然お金や別荘をくれた理由なのだろう。

4億円と別荘一軒で、彼の従順な愛人として、結婚後の不倫相手として留まれというわけ?

葉山萌香は胃の中が波打つのを感じた。

洗面所に駆け込み、激しく吐き気を催した。

葉山萌香は鏡の中の自分を見つめた。顔色は青ざめ、少し取り乱した様子だった。

クズ男の手口を、高橋司は完璧にマスターしているようだった。

結婚を控えているのに、まだ高嶺の花を忘れられず、その身代わりである私を手放せないなんて。

他にも、自分より白石秋子に似た女の子が高橋司の側にいるのを偶然見かけたことがある。

ふん、身代わりなんて、好きな人がやればいい。

もうやってられない!

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