第12章 彼女を誤解した
古川有美子は口角を下げた。
自分の大好きなイクラを、今一番嫌いな相手にあげるなんて、できるはずがない。
「お母さん、あの人、魚食べないんだよ。わたしが代わりに食べるね」
古川有美子は心のこもっていない作り笑いを浮かべながら、塚本郁也の方へ箸を伸ばした。
箸先がイクラに触れようとした瞬間、別の箸に挟まれた。古川有美子が顔を上げると、不意に塚本郁也の意味深な視線と目が合った。
彼はこう言った。「いいよ、俺、結構好きだから」
そして、彼は茶碗を手元に引き寄せ、イクラを一切れ口に運んだ。
古川有美子はただじっと見つめることしかできず、心の中で血の涙を流していた。
こいつ、絶対わざとだ。礼儀ってものがあるのかしら。
古川の奥さんは最初、善意が仇になったかと思ったが、二人の攻防を目の当たりにして、娘の小さな思惑をすぐに理解した。
「そんなに欲しがらなくても。次に帰ってきたときにまた作ってあげるからね」
「うん」古川有美子は素早く返事をし、塚本郁也を恨めしそうに睨みながら言った。「次は絶対連れてこないから」
幼稚だな。
そんな思いが塚本郁也の心をよぎったが、わざと彼女の目の前でもう一度イクラを箸で摘まんだ。
「うん、美味い」
古川有美子は歯ぎしりするほど腹が立ったが、両親がいる場だからこそ、飛びかかって勝負をつけることもできなかった。
二人の間に流れる緊張感は、すべて古川の奥さんと古川会長の目に映っていた。
夫婦は視線を交わし、目に微かな笑みを浮かべた。先ほどまでは娘の結婚を心配していたが、二人の様子を見て、少し安心したようだった。
食事の後、古川の奥さんは古川有美子を部屋に呼んで話をし、塚本郁也と古川会長は一階のリビングに残った。
古川会長は重そうな紙袋を塚本郁也に手渡した。「これ、持って帰りなさい」
塚本郁也は好奇心をそそられ、紙袋を開けて半信半疑で中を見ると、その場で固まってしまった。
袋の中身は塚本郁也がよく知るもの、塚本家から出された十数冊のプロジェクト書類で、少なく見積もっても数百億円の価値があった。
古川会長がこれをそのまま返すとは?
古川有美子が塚本家に嫁いだのは、これが目的だったのではないか?今、この古川会長は一体何を企んでいるのか、もっと大きな魚を釣るために長い糸を垂らしているのか?
ほんの一瞬のうちに、塚本郁也の頭の中は千々に乱れ、思考が巡り続けた。
しかし古川会長はゆっくりと言った。「今、有美子がいないから、本音で話そう」
「最初、あなたの家のお爺さんが私たちに話を持ちかけた時、私たちはこの縁談に賛成しなかった。両家の差は明らかで、高望みするつもりもなかった。それに、あなたと有美子の年齢も...」
古川会長は言いかけて一度言葉を切り、その話題からそれた。
「お見合いの日、お爺さんが突然有美子を引き留めて、何を話したのか分からないが、彼女は結婚に同意した」
「私と妻はずっと心配していた、娘がいじめられないかと。今、彼女があなたを本当に好きだと分かったから、彼女の好きにさせることにしたんだ」
「だがこれらは受け取れない。うちは娘を嫁がせるのであって、売るのではない。もし彼女がつらい思いをしたら、私はあなたを許さないぞ」
...
古川会長の優しさと厳しさが入り混じった言葉を聞きながら、塚本郁也の心には大きな波が押し寄せた。
古川会長の話し方は極めて端正で落ち着いており、嘘をついている様子は全く見られなかった。むしろ、彼と塚本家への不満と、古川有美子への保護の気持ちを隠そうともしていなかった。
父親のような思いやりに心を打たれ、塚本郁也はそれが真実だと感じた。
だからこそ、自分のしてきたことを受け入れることがより一層難しくなった。
彼は古川有美子を誤解していたのだ。
確認もせずに、彼女を権力に群がり、虚栄心に満ちた小物だと勝手に思い込んでいた。よく考えてみれば、新婚初夜に古川有美子は彼に真実を話していたのだ。
ただ、その時の彼は嫌悪感に目を曇らせ、何も聞く耳を持っていなかった。
古川有美子への嘲笑や皮肉を思い出し...
塚本郁也はすぐにその紙袋を古川会長の前に押し戻し、相手の困惑した表情の中で、ゆっくりと説明した。「これは有美子への結納金です。結婚した以上、受け取らないわけにはいきません」
「ほんの気持ちですから、気にしないでください」
この瞬間、塚本郁也はこれらの価値など全く気にしておらず、ただできる限り古川有美子に与えた傷を償いたいと思っていた。
しかし同時に、塚本郁也はこのお金では古川有美子が失った自由を補償できないことも十分に理解していた。
彼の心は重くなり、古川有美子とその家族にどう向き合えばいいのか分からなくなった。そのため、その後古川会長がいくら辞退しても、塚本郁也は契約書を受け取ろうとはしなかった。
二人がお互いに譲らず膠着状態になっている時、階上から古川の奥さんと古川有美子も降りてきた。
塚本郁也と古川会長は暗黙の了解で先ほどの話題を避け、何事もなかったかのように振る舞った。
古川の奥さんは古川有美子に新しい服を買っており、塚本郁也の分も含まれていた。
「どんなのが好きか分からなかったから、お爺さんにサイズを聞いて、有美子と合わせて買ったの。着てみて、合うかどうか見てみましょう」
古川の奥さんは塚本郁也に新しい上着を着せようと世話を焼き、すっかり家族の一員として扱っていた。
横に立っていた古川有美子は時々眉をひそめ、少し心配そうな様子を見せていた。しかし意外なことに、塚本郁也は終始協力的で、不満の色を一切見せなかった。
言うまでもなく、古川の奥さんの目は確かで、服は塚本郁也に着られるとその雰囲気をより一層引き立て、ハンサムで魅力的で、目が離せないほどだった。
興味深いことに、古川有美子の服とセットになっていて、カップルコーディネートではないものの、それに近いもので、二人が並ぶと非常に似合っていた。
古川の奥さんは自分の作品に特に満足し、わざわざカメラを取り出した。
「はい、こっち見て。何枚か撮らせて」
「もっとポーズを取って。笑って、楽しそうに」
古川の奥さんは写真撮影が趣味で、家族の様々な記念写真を撮るのが好きだった。古川有美子たちを撮りながら指示を出し始め、二人に協力を求め、さらには自ら手を下してポーズの指導までした。
「もっと近づきなさいよ。若い夫婦なんだから、恥ずかしがることないでしょ。思い切ってキスしちゃえば?」
言う方は何気なく、聞く方は真剣に受け止める。
古川有美子はこの一言で、思わず自分の唾で喉を詰まらせそうになった。
急いで服を脱ぎ、甘えた声で文句を言った。「いやだよ、疲れたから休みたい」
娘がそう言うのを聞いて、古川の奥さんも無理強いはしなかった。ただ、古川有美子がソファに倒れ込んだ瞬間、素早くシャッターを切った。
古川有美子は毛を逆立てた子猫のように反応した。「お母さん、私のイメージどうでもいいの?」
「大丈夫よ、醜くないわ。うちの宝物の娘が一番きれいなんだから」古川の奥さんは笑いながら彼女を慰め、何かを思い出したように塚本郁也に言った。「塚本くん、有美子の昔の姿まだ見たことないでしょ?見せてあげるわ」
塚本郁也は意外そうな顔をし、断ろうとした瞬間、隣の古川有美子が飛び上がった。「だめ、絶対だめ!見せないで!」
この一言が塚本郁也の逆反応を引き起こし、彼はわざと古川の奥さんに言った。「それはぜひお願いします」
















































