第3章 告状
「わざとじゃないの、怒らないでね？」
塚本郁也からの返事がなかったため、古川有美子は男の許容範囲の境界線を探り続けた。
塚本郁也の目に暗い影が宿り、目の前の女性はずる賢い顔立ちをしていた。アーモンド形の瞳には光が揺れ、ずる賢さが滲んでいる。
計算されているという感覚が、不快だった。
塚本郁也は気乗りしない様子で「大丈夫だ」と言った。
それを聞いて古川有美子はようやく、芝居がかった動作で塚本郁也にダイヤの指輪をきちんとはめた。
神父は急いで宣言した。「では、二人が正式に夫婦となったことをここに宣言します。末永く寄り添い、百年の契りを」
そして、教会内に拍手が鳴り響き、二人の正式な結合を祝福した。
多くの親族が次々と祝福の言葉を述べに来て、しばらくの間賑やかだった。
夜になるまで待って、二人はようやく大部分のゲストへの対応を終え、新居へと送られた。
寝室全体のインテリアは元々エリート・ミニマリスト風で、壁紙、カーテン、家具のほとんどが寒色系だったが、結婚を機にハーブポットやウォールステッカー、写真コラージュなどが飾られていた。
見た目は、随分と人間味が加わっていた。
塚本郁也は黙々とコートを脱ぎ、広い背中の筋肉が薄いシャツ一枚を通して丸見えになっていた。それを見た古川有美子は胸がきゅっと締め付けられ、顔を赤らめながら言った。「あの、わたし床に布団敷くわ。私たち…」
「芝居がかってるな」
突然の嘲りの言葉が、古川有美子が言おうとしていた言葉を遮った。頭が少しぼんやりして、彼女は呆然と塚本郁也を見つめた。「何？」
「お前が芝居がかってるって言ったんだ」塚本郁也は先ほどの言葉を繰り返し、さらに皮肉めいた口調で続けた。「お前は計画的に俺と結婚して、俺に近づこうとしてるんだろ？」
「やるじゃねえか、一体どんな手を使って、お爺さんまで味方につけたんだ？」
冷たい言葉が、まるで石ころを次々と古川有美子の頭に投げつけるようで、彼女は混乱と痛みを感じた。
怒りが胸の奥からむくむくと湧き上がり、古川有美子は即座に反撃した。「ふざけないで！嘘つき！」
「あたしだって、お爺さんに脅されて嫁いできたんだからね！あなたに近づく？よく言うわ！」
「なかなかいい言い訳だな。それで俺が信じると思ってるのか？」
塚本郁也は冷ややかに嗤った。塚本家に嫁ぎたがる女性は数え切れないほどいる。塚本お爺さんがわざわざ彼女を脅す必要があるのか？
しかも無数の女性の中から、よりによって彼女を選ぶ？
若いくせに、ずる賢いな。
男の軽蔑的な態度に、古川有美子はさらに腹を立てた。
「あたし十九であんた二十九よ。自分が年上のくせに若い子に手を出すなんて恥ずかしくないの？あたしがあんたの何を見るっていうの？年上なところ？風呂に入らないところ？」
古川有美子は幼い頃から「口喧嘩の王者」と呼ばれ、口論ではほとんど負けたことがなかった。男の次々と悪意のある憶測に対して、彼女は即座に反撃した。
ただ、反撃した後で塚本郁也の顔色が次第に険しくなるのを見て、彼女は心の中で不安を感じ始めた。「まさか、あたしを殴るつもりじゃないでしょうね？」
塚本郁也の目は漆黒に染まり、凍てつくような冷気が彼の周りに渦巻いていた。これまで古川有美子のように彼の前で大口を叩く者はいなかった。
塚本郁也は完全に怒りを爆発させ、この口の達者な小娘に少し痛い目を見せてやろうと決意した。
「もちろんそんなことはしない」
女に手を上げる？彼を塚本郁也を何だと思っているんだ？そんな品のない真似、できるわけがない。
古川有美子はほっと息をついたが、すぐに塚本郁也が歯を食いしばって言うのを聞いた。「お前がそんなにデタラメを言うなら、古川家全体に代償を払わせてやる」
古川有美子の瞳孔が震えた。この連座制は、彼女を直接殺すのと何が違うというのか？
「一人の行いは一人で責任を取るべきでしょ！あたしに向かってくるなら勝手にすれば？家族を脅すなんて卑怯よ！」古川有美子は怒り心頭で、塚本郁也を睨みつけた。
しかし、男は無視して携帯を取り出し、電話の向こうの秘書に指示した。「古川家を買収しろ。一週間以内に、俺は…」
塚本郁也が言い終わる前に、古川有美子は素早く彼の携帯を奪うと外に向かって走り出した。「古川家に手を出すんじゃないわよ！彼の言うことを聞いたら、あんた死んだも同然よ！」
塚本郁也の表情は暗くなった。「古川有美子、何をしてる？携帯を返せ！」
「返さないわよ！嘘つき、あんたの思い通りにはさせないんだから！」
古川有美子はますます早く走り、急いで塚本お爺さんの住まいへと向かった。
階段を上ろうとしたとき、ちょうど上から降りてくる塚本お爺さんを見つけ、古川有美子は一気に心強さを感じた。
彼女は怒りと悔しさで一杯だった。「もう結婚しないわ！あなたたち約束を守らないじゃない。古川家に手を出さないって約束したのに、塚本郁也が裏切ったわ。どうにかしてよ！」
「いじめられてるのよ！うぅ、あたしかわいそう」
古川有美子は携帯を投げ捨て、その場に座り込むと、顔を覆って泣き真似を始めた。
塚本お爺さんの顔色が曇り、追いかけてきた塚本郁也を見て、すぐに彼のしたことを察し、怒りが湧き上がった。
「もういい」
威厳に満ちた低い一喝が、古川有美子の偽りの泣き声を止めさせた。彼女は顔を上げ、塚本お爺さんの冷たい視線に出会うと、心がドキリと鳴った。
古川有美子の鼻先が酸っぱく感じられ、恐怖とつらさが胸の中でかき混ざった。
「有美子、先に戻りなさい」
「でも…」
「買収はしない。古川家には何も起こらない」
老人の言葉が古川有美子の心配を払拭した。彼女は良い所で引き下がり、おとなしく立ち上がって、心を込めた演技で言った。「ありがとう、おじいさま。おじいさまが一番よ」
彼女は塚本郁也のそばを通り過ぎる時、わざと挑発的に「ふん」と鼻を鳴らし、男の気配がさらに冷たくなったのを感じ取ると、気分が良くなった。
自分が気分悪くなるなら、彼だって同じようにさせてやる！
古川有美子が去った後、塚本お爺さんは塚本郁也に冷たく警告した。
「結婚は済んだ。おとなしくしておけ。古川家には手を出すな」
塚本郁也の表情が冷たくなった。「情報は？人は娶った。約束の物をよこせ」
「今日のお前の態度では、俺と条件を交渉する資格はない。戻って新婚初夜を過ごせ」
強い命令口調で、交渉の余地はまったくなかった。
塚本郁也はその場に立ったまま、薄い唇を一文字に結び、男の無言の抗議を示していた。
塚本お爺さんは危険そうに目を細め、「あの女と二度と会えなくなりたいなら、俺の言うことを聞かなくてもいい」
塚本お爺さんは塚本郁也の反応を待たずに、杖をついて立ち去った。
彼は知っていた。すべては予定通りに進むということを。
十分後、塚本郁也が新居に戻ったが、ドアが開かなかった。
男は冷たい表情でドアをノックすると、すぐに古川有美子の傲慢な声が聞こえてきた。「気が変わったの。床で寝るのは腰に悪いから、ベッドはあたしのものよ。自分でなんとかしなさい」
塚本郁也の表情が徐々に冷たくなった。よくも客が主人面をしてくれる、本当に手ごわい。
男がもう一度ドアを叩くと、中からさらに傲慢な歌が流れてきた：
「LOSER 외톨이 센 척하는 겁쟁이」
（敗者 孤独者 強がりの臆病者）
...
古川有美子は中で音楽に合わせて歌っていた。
塚本郁也は拳を固く握りしめ、中に入って古川有美子のスピーカーを叩き壊したい衝動に駆られた。
しかしそうすれば確実にまた老人から叱責を受けることになる。男は静かにドアを見つめて言った。「覚えておけよ」
彼が身を翻そうとしたとき、ほとんど来客にぶつかりそうになり、同時に穏やかな声が聞こえた：
「郁也、どうしたんだ？」
それは彼の兄貴、塚本郁夫だった。
