第4章 藤原社長は誰のお父さん?

鈴木美咲が、その柔らかな小さな顔を見た瞬間。

彼女は急いで駆け寄り、しゃがんで翔太を抱きしめ、その頭をやさしく撫でた。

「空!どうしてここに一人で来たの?ママ、心配で死にそうだったよ」鈴木美咲の声は焦りと少しの自責の念を含んでいた。

ママ?

翔太は見知らぬ女性が自分の前で勝手にママを名乗ることが大嫌いだった。

この女性は明らかにお父さんを誘惑して、自分の継母になろうとしているのだ!

そんなの絶対に嫌だ!

そう思うと、翔太は鈴木美咲を思い切り押しのけた。

鈴木美咲は翔太に対して警戒していなかったので、押されてすぐに倒れてしまったが、彼女は怒るどころか、ただ翔太を心配していた。

彼女はいつものように手を伸ばし、翔太の小さな手をそっと掴んで手の中に包み込んだ。

翔太は手を引っ込めようとしたが、彼女にしっかりと握られてしまった。

温かい手のひら、それにお父さんに握られる感覚とは違う。

翔太は疑問を抱きながら彼女を見つめた。

これは誰のママなんだろう?彼女が口にした「空」とは誰なのか?

お父さんはここ数年、身近に女性がほとんどいなかった。

この突然現れた女性とお父さんはどんな関係があるのだろう?

翔太の頭の中には多くの疑問があったが、口を開きかけては、どう鈴木美咲と話せばいいのかわからなかった。

そのとき、鈴木美咲は突然翔太の手をきつく握り、驚いた声を上げた。

「空、熱があるじゃない?」鈴木美咲の声は心配に満ち、目には不安の色が浮かんでいた。

「ぼ...ぼく大丈夫...」翔太の言葉はおどおどとしていた。さっき鈴木美咲の腕の中にいたとき、何か特別な感覚を覚え、とても温かく、離れたくないという気持ちさえ湧いていた。

だからこの女性の前で正体を明かさないことにした。

翔太は考えた、この女性とちょっとだけ、ほんの少しだけ一緒にいよう...

彼女の体からはまるでママの匂いがして、久しぶりに安心感を覚えたからだ。

「熱があるのに大丈夫なわけないでしょ?」

鈴木美咲は思わず微笑み、彼の鼻先を軽く指で弾いた。「ママが病院に連れていくから、空、いい子にして。注射して薬飲めば、良くなるからね」

翔太は鈴木美咲の優しい言葉に、黙って頷いた。

普段なら、翔太は注射が嫌いで、今日も執事のおじいさんに無理やり病院に連れてこられたところだった。しかし病院に着いてすぐ、お父さんがよその女を連れてきたと聞いて、こっそり抜け出してきたのだ。執事のおじいさんにはまだバレていないはずだ。

一方、鈴木美咲は翔太が素直に従うのを見て、彼を抱き上げ、ドアを強く叩いた。「誰か!お願いだから出して!子供が熱を出してるの!すぐに治療が必要なの!」

ボディーガードたちは眉をひそめながらドアを開け、不機嫌な表情で何か言い返そうとしていた。

しかし抱かれている坊ちゃんを見ると、彼らは黙り込んだ。

「ぼ...坊ちゃ...」

翔太は正体がバレるのを恐れ、慎重に目配せをしながら急いで言った。「どけ!医者に診てもらうんだ!」

ボディーガードたちは顔を見合わせた。断る勇気などあるはずがない。

これは藤原家の一人息子だ。普段なら注射や薬を飲ませるのは至難の業なのに!今日は太陽が西から昇ったのか、自ら進んで医者に診てもらうなんて!

すぐにボディーガードたちは左右に分かれ、道を空けた。

鈴木美咲はその様子を見て、急いで翔太を抱えて医者を探し、自ら翔太の体温を測った。

「もう38度以上あるじゃない、空、辛くない?」鈴木美咲の目はすぐに赤くなった。彼女は空をきちんと世話できなかった自分を責めていた。

「あの...大丈夫...」翔太は試すように答えたが、声はまだおどおどしていた。

普段、空は鈴木美咲の前では小さな太陽のようにはつらつとしていた。

今、元気のない姿を見て、鈴木美咲はさらに自責の念に駆られた。

きっと病気で辛いのだろう。

注射の時になると、鈴木美咲は翔太を抱きながら、彼の体が震えているのを感じた。

彼女は片手を伸ばし、そっと翔太の目を覆った。

「空、怖くないよ。ママがいるから。注射は痛くないよ、ママがずっとそばにいるからね」

鈴木美咲の言葉を聞いて、翔太の手のひらも少しリラックスし、看護師はそのすきに注射をした。

翔太はまばたきをして、初めて気づいた。注射は本当に痛くないんだ。

目の前のこの女性がそばにいると、何も怖くないような気がした。

翔太は静かに鈴木美咲の腕の中で横になり、やがて眠りについた。

鈴木美咲は腕の中の息子を見つめ、そっとおでこにキスをした。

「空、寝たら良くなるからね...」

その頃。

新宿デパート内。

「きれいなお姉さん、ママが病気なんです。ママ、このネックレスすごく好きなんです。安くしてもらえませんか?」ジュエリーショップで、甘くて可愛らしい声が響いた。その声は少し哀れっぽく聞こえた。

カウンターの店員は空のあまりの可愛さに、断れない気持ちになった。

「坊や、こんなに良い子だから、特別に値引きするわね。家に帰ったらママに付けてあげて、早く元気になって、健康でいられますように」

「ありがとう、きれいなお姉さん!」

空は目を輝かせ、ポケットからかき集めた2万円を取り出し、カウンターに渡した。

最後に包装されたネックレスを持ってジュエリーショップを後にした。

「僕って本当に賢いな!ママももうすぐ誕生日だし、きっとこのプレゼント喜んでくれるはず」

空は急いでネックレスを自分の小さなリュックに入れた。

彼の手首には、以前鈴木美咲が買ってくれたペッパピッグの腕時計がはめられていた。

空は時間を確認した。ママに会いに急いで戻らなければ、心配されるだろう。

空がちょうど商業施設の入り口に着き、外に出ようとした瞬間、大勢のボディーガードが押し寄せ、彼を取り囲んだ。

彼はごくりと唾を飲み込み、小さなリュックをきつく握りしめた。

さっきの嘘がバレたのだろうか?

ママは嘘をつくと警察のお兄さんに捕まると言っていた。

彼は牢屋に入りたくなかった。

空は一瞬パニックになり、逃げ出そうとした。

「坊ちゃん!どうか私たちと一緒に帰りましょう!」誰かが空の小さな手をつかみ、懇願するような声で言った。

空は素直に首を傾げ、もう一方の手で自分を指さした。

坊ちゃん?

彼のこと?

この人たち、誰かと間違えているのでは?

「僕はあなたたちの坊ちゃんじゃないよ。家に帰るから、離してよ」空は説明し、手を引っ込めたが、その人はまた急いで彼の行く手を遮った。

「坊ちゃん、田村さんがお熱があるとおっしゃっていたのに、どうして病院から抜け出したのですか?もし病院が嫌なら、家に帰りましょう。藤原社長がこんな風に出歩いているのを知ったら、きっと心配なさるでしょう」

空は意味が分からず、尋ねた。「藤原社長って誰?」

「坊ちゃんのお父さんですよ」

話している人は、空が帰りたくなくて、わざと藤原隆を知らないふりをしていると思った。

お父さん?

空の目が輝いた。

彼はまだお父さんに会ったことがなかった。

記憶がある限り、ずっとママと妹と一緒に暮らしていた。

もし本当にお父さんに会えるなら、この人たちについて行くのも悪くない。

「じゃあ、いいよ。連れて行って」空は再び勇ましい表情を浮かべた。

目の前の人は、坊ちゃんの性格があまりにも変わったように感じた。

以前の坊ちゃんは他人と話すのが好きではなく、性格も少し暗かった。

なぜ今日はこんなに明るく見えるのだろう?

しかし彼は疑問に思う余裕もなく、とにかく連れ帰ることが最優先だった。

藤原隆にはこの一人息子しかいないのだから、もし何かあれば、彼らも終わりだ。

しばらくして。

藤原家の大邸宅。

空が連れ戻され、目の前の別荘に驚いた。

お父さんってこんなにお金持ちなの?

その後、彼は「自分の」部屋に案内された。

ドアを開けた瞬間、空は壁一面に貼られた写真を見て、自分にそっくりな写真に驚いた。

空はほとんど信じられなかった。

でも、その写真は間違いなく彼自身だった!

「僕いつこんな写真撮ったっけ?」空はいくつかの写真を手に取って見たが、自分が撮った覚えは全くなかった。それなのに、どこからこんな写真が?

「坊ちゃん、もうすぐお婆様の墓参りに行きますので、お着替えをお願いします。藤原社長はもうそちらでお待ちです。私たちは坊ちゃんをお待ちしております」

執事がドアをノックして入ってきて、準備した服を空に手渡した。

お父さんがそこにいる?

空は目をきらきらさせながら、このお父さんに会いに行く準備をした。

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