第6章

「やはり、当時の無分別と短慮さについて、きちんと謝るべきだ。彼女に対する借りだから」

宮下晴美は飲んでいた酒をむせそうになり、二度ほど咳き込んだ後、顔中に拒絶の色を浮かべた。

「勘弁してよ」

「知ってるでしょう?私が大学で唯一補講試験を受けたのは大野教授の選択科目だったのよ。彼女を見るだけで怖気づいちゃうわ。それに、私みたいな影の薄い人間なんて、教授は私が誰だか忘れてるかもしれないし、本当に力になれないわ」

鈴木千穂は彼女が避けようとするのを見て、これ以上強くは言わなかった。

「でも」宮下晴美は目に狡猾な光を宿し、話題を変えた。

「私にはちょうどいい人選がいるわよ」

「え?」

「私のいとこの宮下大介、覚えてる?」

鈴木千穂はお湯を少し飲み、うなずいた。

「もちろん覚えてるわ」

宮下大介、国内最年少の物理学科若手リーダー。去年、『Nature』誌が選ぶ「世界に影響を与える10大若手科学者」の首位に輝いた人物。

学部時代から大野教授の門下生として応用生物科学を学び、2年間で5本のSCI論文を発表。生物学界から天才と称賛され、大きな期待を寄せられていた。

その後、何らかの理由で突然、学際的に専攻を変更し、物理学へと転向した。

当時はかなりの騒動になったものだ。

今や宮下大介は国際物理学界で重要な地位を占める大物となっていた。

鈴木千穂は宮下大介と同じ大学だが時期が異なり、彼の後輩にあたる。

入学したばかりの頃から宮下大介の伝説を聞いており、後に宮下晴美と知り合って、宮下大介が彼女のいとこだと知った。

ここ数年、彼は海外の物理学研究所に勤務していたが、3ヶ月前に帰国したばかりだった。

「いとこが先日、教授の病状について尋ねてきたの。ただ、ずっと時間がなくて…二人で一緒に行けば丁度いいじゃない」

宮下晴美はどんどん話が合うように思え、直接宮下大介に電話をかけた。

二回鳴って、通話が繋がった——

鈴木千穂は冷淡さと堅さを帯びた低い声が聞こえてきた。

「何か用?」

宮下晴美は簡潔に二言三言話した。

背景音はややうるさく、彼は忙しそうで、1分も経たないうちに電話を切った。

「決まり!いとこが明日の午後2時に西岸レストランで会おうって」

宮下晴美は彼女の手を握った。

「今日はゆっくり休んで、残りのことは明日考えましょう」

鈴木千穂はうなずいた。

「ありがとう、晴美」

翌日。

鈴木千穂は30分早く家を出た。

レストランに到着すると、彼女は時計を見た。2時まであと2分だった。

早すぎず遅すぎず、ちょうど良いタイミングだ。

ドアを押して入ると、ウェイターが彼女を案内し、少し歩くと窓際に座る男性が目に入った。

彼は顔を少し傾け、無表情にコーヒーを飲んでいた。

シンプルな白いシャツに黒いスラックス、鼻梁には金縁の眼鏡をかけ、横顔に陽の光が差し込み、まるで一枚の独立した油絵のようだった。

対して自分は、白いTシャツにジーンズ、ポニーテール、すっぴん…ちょっと気軽すぎたかもしれない。

鈴木千穂の視線を感じ、男性は顔を向けた。

「座って。何か飲む?」

磁性を帯びた声が耳に心地よく響き、鈴木千穂は我に返り、彼の向かいの椅子を引いて座った。

「すみません、お待たせしました」

少女の黒曜石のような瞳には少し申し訳なさが宿っていた。

宮下大介は眼鏡を軽く押し上げ、淡々と口を開いた。

「そう長くは待っていない。私も5分前に来たばかりだ。実験室にはまだいくつかデータが出るのを待っているから、今日は30分しか時間が取れない。足りるか?」

「十分です」

ウェイターが来て、鈴木千穂はレモン水を注文した。

宮下大介は単刀直入に言った。

「大野教授に会いに行くとして、私に何をして欲しい?」

意外なほど率直だった。

鈴木千穂はこの無駄話をしない態度が好きで、ゆっくりと用件を説明した。

「大野教授はもう退院されました。今の住所がわからないので、一緒に訪問していただきたいんです。もし可能であれば…」

彼女は目を少し揺らめかせた。

「教授が怒り出したら、なだめてほしいんです。あの…怒りは体に良くないですから」

これを聞いて、男性は微かに口角を上げたように見えた。

鈴木千穂は続けた。

「お忙しいのは承知していますので、時間はお任せします」

宮下大介はうなずいた。

「わかった。では2日後にしよう」

鈴木千穂はお礼を言った。

彼女はレモン水を手に持ち、突然尋ねた。

「なぜ…私を手伝おうと思ったんですか?」

宮下大介の黒く澄んだ瞳が彼女を見つめ、しばらくして、鈴木千穂が彼が答えないだろうと思った時、男性は口を開いた。

「君が鈴木千穂だからだ」

「?」

「大野教授はかつてこう言っていた」男性はコーヒーを一口飲み、ゆっくりと話し始めた。

「これまでの人生で三つの悔いがある。一つは研究が広大すぎて命が短すぎること、二つ目は子供がいないこと、そして三つ目は——鈴木千穂だ」

鈴木千穂は固まり、指先が掌に食い込んだ。

宮下大介の鋭い目が彼女を直視し、その眼には深い探究と観察の光が一瞬閃いたが、すぐに静けさに戻った。

これは彼が鈴木千穂に初めて会う機会だったが、その名前を聞くのは初めてではなかった。

大野教授が「悔い」と呼び、しかも命や研究、家族と並べて語る女性とは、一体どんな特別な存在なのだろうか。

鈴木千穂は喉の渇きを感じ、少し目を伏せた。

彼女は教授が自分のことを話す時の、失望と残念そうな眼差しを想像できた。

宮下大介は一枚の紙を取り出し、一連の数字を書いた。

「私の電話番号だ」

鈴木千穂はそれを一目見て、美しい楷書体だと思った。

……

「こちらご注文のティラミスです」

ウェイターが品物を置きながら、つい目の前の客を観察してしまった。

男性の端正な顔には少し退屈そうな表情が浮かび、目の奥には明らかな苛立ちが隠れていた。

向かいの女性はディオールの高級な赤いドレスに身を包み、エルメスのミルクセーキ・ホワイトの「カンカン」バッグを持ち、一目で裕福な家庭の令嬢とわかった。

彼女は男性のイライラに気づかないようで、小さな口をぺちゃくちゃと動かし続けていた——

「慎吾、おばさんから胃の調子が良くないって聞いたわ。うちには胃病専門の医者がいるから、今度…」

江口慎吾はライターをいじりながら、時々相づちを打っていた。

今日のお見合いは松本洋子夫人のセッティングだった。彼はせっかく来たのだから、あまり気まずくならないようにするつもりだった。

ただ、彼女の話す内容には全く興味がなかった。

視線が遠くに漂い、突然目が止まった。4、5テーブル離れたところで、鈴木千穂が男性と向かい合って座っていた。

会話は聞こえなかったが、彼女の顔に浮かぶ柔らかな微笑みは見えた。

耳元の、かろうじて我慢できていた声が急に煩わしく感じられ、彼の気分はさらに悪くなった。

江口慎吾は冷笑いを浮かべて視線を逸らした。

「行かなければ」

宮下大介の時間は非常に限られており、30分を割けるのが精一杯だった。

鈴木千穂は理解を示し、二人は一緒に立ち上がった。

レストランを出る時、宮下大介が先に進み、ドアを手で支え、彼女に先に通るよう促した。

非常に紳士的だった。

鈴木千穂は微笑んだ。

「ありがとう」

二人は歩道に出ると、宮下大介は「車が来た」と言った。

鈴木千穂はうなずいた。

「明後日、お会いしましょう」

宮下大介が去るのを見送り、鈴木千穂がようやく視線を戻して体を回した瞬間、不意に皮肉と冷たさに満ちた目と対面した。

「もう次の男を見つけたのか?」

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