第3章

藤原恭介は信じられず、坂井晴美がいるかもしれない場所を片っ端から探し回った。

裏庭、書斎、シアタールーム……坂井晴美の姿はおろか、彼女の持ち物さえもう何一つ残っていなかった。

書斎の本棚には、晴美がよく読んでいた医学書も一冊も残っていない。

彼はもともとここにはほとんど帰ってこなかったが、今や晴美がいなくなり、この家はまるで誰も住んでいなかったかのように、温もりが一切感じられなかった。

藤原恭介は重い足取りで階段を降り、ソファの後ろにあった空間に目が留まった。ゴミ箱に捨てられた壊れた壁画を見たとき、彼の息が止まった。

坂井晴美は彼と結婚してから、いつも彼にショッピングに付き合ってほしいとせがんでいた。彼は仕事が忙しく、彼女を嫌っていたため、何度も断っていた。

あの日は晴美の誕生日で、彼女は会社に彼を訪ねてきて、尋ねた。

「恭介、誕生日を一緒に過ごしてくれない?もしあなたが忙しいなら、30分だけでもいいの」

彼女が可哀想に思え、誕生日を一緒に過ごすことに同意した。

彼女がプレゼントを買わせたり、食事に連れて行かせたり、無理な要求をしてくると思っていた。

しかし彼女は彼にただショッピングに付き合ってほしいだけで、さらに小さな声で「恭介、手を繋いでもいい?」と尋ねた。

彼女は彼が忙しいことを知っていて、彼を疲れさせなかった。手芸店で一枚の絵を選び、二人で完成させようとした。

彼はそれを幼稚だと思い、ただ横で見ているだけで、その間に水原美佳からの電話を何度か受けた。

坂井晴美は何も言わず、家に帰ってからその絵をリビングに飾り、ずっと嬉しそうにしていた。

ただ、それ以降、彼女は彼にショッピングに付き合ってほしいとせがむことはなくなり、誕生日を祝うこともなくなった。

藤原恭介がそれを拾い上げようとした時、視界の端にテーブルの上に置かれた離婚協議書が目に入った。

藤原恭介の眉間がピクリと動いた。署名ページには、彼と彼女の名前があった。

藤原恭介はのどぼとけを鳴らし、目には驚きが満ちていた。

坂井晴美が本当に離婚に同意したというのか!?

ピンポーン——

携帯が鳴り、藤原恭介はすぐに開いた。晴美からだと思ったが、家族からのメッセージだった。

【恭介、おばあちゃんの70歳の誕生日パーティーの準備はほぼ整ったわ。おばあちゃんは見栄っ張りだから、今回は盛大にやるつもりよ。招待状はすべて発送済み。おばあちゃんが特に言っていたわ。あなたと晴美ちゃんは必ず時間通りに出席すること、さもないと覚悟しなさいって!】

藤原恭介は心中煩わしく思った。

この誕生日パーティー、本当にタイミングが悪い。

……

下川中心区、坂井家の邸宅。

和服を着た祖父の坂井秀雄がテーブルでグラスを上げ、にこやかに言った。

「晴美ちゃんが苦海から解放されたことを祝おう!」

「晴美ちゃん、家に帰ってきたからには、お父さんの会社を継いでくれないか!お父さん引退したいんだよ!」

坂井弘樹は億万長者の家業継承をせがんだ。

「だめよ、晴美ちゃんはおばあちゃんと一緒に病院に行かなきゃ。あの腕前を無駄にするなんてもったいないわ!」

木下悦子は真剣な顔で言った。

「晴美ちゃんはママとジュエリーデザインを学ぶのはどう?」

星野遥は顔を両手で包み、笑顔が花のように輝いていた。

坂井晴美は箸を持ち、目の前のご飯茶碗には彼女の好物がいっぱい盛られていた。

彼女は食卓を囲む家族を見て、胸が詰まった。

坂井家はやはり坂井家のままで、いつも情熱と温かさに満ち溢れ、家庭の雰囲気が最も熱かった。

彼女も彼らを傷つけてきたのに、彼らは一言も触れなかった。

彼女はようやく理解した。家族だけが不完全な自分を無条件に受け入れてくれるのだと。

そう思うと、坂井晴美は自分がいかに不器用だったか痛感した。

もう二度と、自分を愛さない人のために、自分を愛してくれる家族を傷つけたりしない。

「晴美ちゃんには医学を続けさせるべきだ!」

「いや、ビジネスよ!」

「いやいや、デザインは将来性があるわ!」

三人が突然口論を始め、坂井晴美と坂井秀雄は目を合わせ、どうしたらいいか分からなかった。

「晴美ちゃん、言ってごらん、何を選ぶの?!」三つの声が一斉に響いた。

坂井晴美は口元をひきつらせ、神経を張り詰めて、呼吸すらできないほどだった。

「わたし……」坂井晴美はピンク色の唇を噛み、箸をきつく握りしめた。どれを選んでも誰かを怒らせることになる!

ゴォーー——

邸宅の外から突然バイクのエンジン音が響き、坂井晴美はにやりと笑った。彼女の親友、大崎亜美が迎えに来たのだ。

彼女は口元を拭い、言った。

「皆さん、先に遊びに行ってくるわ。遊び足りたら帰ってきて、一つずつ引き受けるから!」

そう言うと、坂井晴美は走り去り、後ろでは家族たちが顔を赤くして議論を続けていた。

億万の財産も医者として人を救うのも悪くないが、今の坂井晴美にとっては、楽しさが最優先だった。

彼女は無駄にした青春を取り戻したかった!

SKクラブ。

音楽が耳をつんざき、スポットライトがダンスフロアの中央を照らしていた。

坂井晴美は赤いボディコンのミニドレスを身に纏い、10センチのハイヒールを履き、すらりとした白い脚が伸びていた。ドレスは彼女の完璧なボディラインを余すところなく際立たせていた。

今日は濃いメイクをし、巻き髪が背中に流れ落ち、美しい瞳は魂を奪うほどだった。

ライトが彼女の上に落ちると、背中の蝶のタトゥーが艶やかに浮かび上がり、思わずキスしたくなるほど魅惑的だった。

大崎亜美は坂井晴美を見て、目に一瞬の痛みが走った。

坂井晴美は気にしていないように振る舞っていたが、彼女と坂井晴美は子供の頃から一緒に育ってきた彼女には、坂井晴美の本当の気持ちがわかっていた。

今この瞬間、坂井晴美は苦しんでいた。しかしこれは全て自業自得で、彼女は誰にも話せず、ただアルコールで自分を麻痺させるしかなかった。

藤原恭介を坂井晴美ほど愛した人はいないだろう。

坂井晴美を失って、藤原恭介は本当に後悔しないのだろうか?

会場内の無数の男性の視線が貪欲に坂井晴美に注がれ、彼らは唾を飲み込みながら賞賛した。

「坂井さんは本当に綺麗だ!」

「藤原恭介は本当に幸運だな、こんな美しい奥さんがいて!」

音楽が途切れた瞬間、坂井晴美は空になったボトルをステージ下のソファに投げ、体を少し揺らしながら、ちょうど藤原恭介の名前が聞こえてきた。

彼女はステージ下に視線を走らせ、声を低くして言った。

「こんな楽しい夜に、藤原恭介の名前を出すなんて不吉で気分悪くならない?」

「今夜は私の貸し切りよ!誰か藤原恭介の名前を出したら、出て行きなさい!」

会場内の人々は歓声を上げ、坂井お嬢様の言うとおりにすると口々に言った。

誰も気づかなかったが、目立たない隅で、ある男性がグラスを握りつぶさんばかりに握りしめていた。

「ハハハハ藤原、お前の妻は離婚を切り出した後、自由を満喫してるみたいだな?」

「前からお前の奥さんにタトゥーがあるなんて気づかなかったぞ。かなりセクシーじゃないか!」

高橋陽平は坂井晴美から目を離さず、一言一言「お前の妻」と言い続けた。

藤原恭介は黙ったまま、聞いていて不愉快だった。

結婚の間、彼の前でも、重要な場でも、彼女はいつも礼儀正しく、上品な服装をしていて、こんな格好は一度もしなかった。

彼は坂井晴美の背中にタトゥーがあることさえ知らなかった。

「坂井お嬢様は愛さなくなったらはっきり言うね、率直でいいじゃないか」高橋陽平の目に尊敬の色が浮かんだ。

藤原恭介はただ酒を飲み、冷たい表情で黙っていた。

所詮は坂井晴美の小さな芝居に過ぎない。三日もしないうちに、坂井晴美はきっとまた彼のところに戻ってくるだろう。

藤原恭介は思わず視線を坂井晴美に向けた。一瞬で、彼の目が冷たくなった。

坂井晴美はある男性の腕の中に寄りかかり、薄い唇が男性の耳に触れ、何かを聞いたのか、目を伏せて軽く笑い、とても魅惑的だった。

周りの人が彼女に酒を勧め、彼女はすべて断らず受け取り、一挙手一投足が人の心を揺さぶった。

藤原恭介はのどをゴクリと鳴らし、坂井晴美が男性に体を寄せるのを見ていた。

突然、周りで人々がはやし立て、耳障りな声が響いた。

「坂井さんと小林さんはお似合いですね!」

「小林さん、彼らは私たちがお似合いだって言ってるわ。結婚してる?」坂井晴美はグラスの中の酒を揺らし、目を細め、少し酔っているようだった。

その男性は彼女の誘惑に心を乱され、問い返した。

「俺は独身だ。お前、嫁に来る勇気ある?」

「なぜないの?実を言うと、私も独身よ」坂井晴美は口元を上げ、笑みが美しかった。

藤原恭介は晴美の言葉を聞きながら、一杯の酒を飲み干した。

彼は気にしていないふりをしたかったが、なぜか普段は落ち着いていられる彼が、今日は落ち着かず、視線が何度も、思わず坂井晴美に向いてしまった。

「お前と藤原——」男性は言いかけた。

坂井晴美はすぐに指先を上げ、男性の唇に当て、

「シーッ、その人の名前は出さないで。興ざめするわ」

藤原恭介はグラスをきつく握り、心に怒りが浮かんだ。

興ざめ?

この女、口では彼を愛していると言っていたのに、今は振り向いて外で男漁りか。

もう彼女が無理やり彼と結婚しようとしていた時とは違うのか?

坂井晴美は唇を舐め、指先で男性のシャツのボタンを外し、艶めかしく言った。

「大胆なことをやってみない?」

「どんなこと?」男性は願ってもないとばかりに聞いた。

「ホテルヘ」坂井晴美は遠回しにせず言った。

艶めかしい空気が高まり、クラブ内の人々は驚きの声を上げ、はやし立てた。

唯一、藤原恭介の顔が瞬時に曇った。

高橋陽平はすぐに隣の人物から発せられる圧迫感を感じた。

男性は笑った。

「坂井さん、本気にするよ」

「冗談だと思った?」坂井晴美は平然と言った。

男性はすぐにソファから立ち上がり、坂井晴美をじろりと見て、唾を飲み込み、彼女に手を差し伸べた。

「行く?」

高橋陽平は血の気が上がるのを感じた。

「藤原、お前の妻が——」

高橋陽平が振り返ると、藤原恭介はもういなかった。

再び顔を上げると、会場内で女の子の悲鳴が聞こえた。

「藤原恭介?!」

藤原恭介は坂井晴美の手首を掴み、彼女を引き上げ、そして男性を見て、目に威嚇の色が満ちていた。

彼は坂井晴美をトイレへと引きずっていった。

大崎亜美はソファから起き上がり、その姿を見て、呆然とした。

藤原恭介がなぜここに?

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