第6章

会場は大混乱に陥り、人々は次々と手にしていたグラスを置いて、何が起きているのか確かめようと集まってきた。

「救急車は呼んだのか?」

「救急車はいつ来るんだ?土田社長がここで何かあったら、土田家が許してくれないぞ!」

坂井晴美が目を向けると、五十代ほどの男性が顔面蒼白で床に横たわっていた。

彼女は時間を確認した。ここから市立病院までは車で十五分の距離だが、今は渋滞の時間帯だ。

救急車を待っていたら、間に合わないかもしれない。

ホテルのスタッフも対応に出てこないまま、男性の容態は悪化する一方だった。幼い頃から医学を学んできた坂井晴美の心が落ち着かなくなった。

眉をひそめながら、晴美は前に進み出た。

「見せてください」

一瞬のうちに、全員の視線が坂井晴美に集中した。坂井晴美?

「あなたに何ができるの?誰もが知ってるわ、坂井家は医学の名家なのに、あなただけは花瓶で、医術なんて何一つ身につけてないじゃない!」

誰かがそう口を開くと、すぐさま大勢の人々が大声で騒ぎ始めた。

「そうよ!人命がかかってるのよ!土田社長の治療を彼女に任せるなんて、社長を火の中に突き落とすようなものじゃない!」

「土田社長に何かあったら、あなたが責任取れるの?これは子供の遊びじゃないのよ!」

「彼女に土田社長を診せるなんてとんでもない!あっちへ行きなさい!」

群衆は騒然となり、まるで計画的な嫌がらせのように、非難の声が坂井晴美の耳に押し寄せた。 晴美は患者に触れることさえできないまま、押しのけられてしまった。

「でも、もう待てないわ!」坂井晴美は眉をきつく寄せた。

「死ぬとしても、あんたみたいなポンコツに救われたくないわ!」

女性の声は鋭く、晴美の肩が押された。

死んでも、彼女に救われたくない。

その言葉はナイフのように坂井晴美の心臓を抉り、瞬時に彼女を冷静にさせた。

坂井晴美はよろめきながら二歩後ずさり、黒山の人だかりが彼女を阻んでいた。

敵意に満ちた顔々を見つめながら、彼女の胸が締め付けられた。

ポンコツ

幼い頃から今まで、いつ彼女の医術が疑われたことがあっただろうか?

たった三年表舞台から姿を消しただけで、なぜ彼女の評判はこれほどまでに悪くなったのか?

「わたしは医者です、わたしが診ます!」

その声は特に力強く、一瞬ですべての人の視線を集めた。皆の目には驚きの色が浮かんでいた。

それは他でもない、水原美佳だった。

周りの人々は即座に沸き立った。

「水原お嬢様だわ!土田社長は助かるわ、彼女は心臓外科医よ!」

「水原お嬢様が危機的状況で立ち上がるなんて、本当に素晴らしい!やっぱりニュースで言われてる通り、美しくて優しい方だわ!」

水原美佳はまるで天から舞い降りた救いの神のように、光り輝いていた。一群の人々は彼女を一斉に持ち上げた。

対照的に、坂井晴美の先ほどの行動は全く価値のないものとなり、むしろ下水道のネズミのように—誰もが非難する対象となっていた。

水原美佳は土田社長の傍らにしゃがみ込み、彼のポケットから速効救心薬を取り出した。

「皆さん、少し下がってください。あまり近づかないで」と彼女は指示した。

「ご家族はいらっしゃいますか?患者さんは心臓病以外に何か病歴はありますか?」水原美佳は周囲に尋ねたが、誰も答えなかった。

「土田社長の秘書は少し前に用事で先に帰ってしまって、電話も繋がらないんです!」同行者の一人が答えた。

水原美佳はそれ以上考える余裕もなく、土田社長に速効救心薬を服用させ、心臓マッサージを始めた。

今日のパーティーには多くの著名人が参加しており、このような場は水原美佳にとって自分を示す絶好の機会だった。

彼女は藤原家の人々に証明しなければならなかった—水原美佳は坂井晴美に劣らないということを。彼女は必ず藤原家に嫁ぐのだ。

時間は一分一秒と過ぎ、皆が焦り始めた。

藤原恭介もずっと眉をひそめていた。土田社長を心配しているのか、それとも水原美佳を心配しているのかは不明だった。

全員が息を詰めていた時、誰かが叫んだ。

「動いた!動いたわ!」

男性の指が少し動き、ゆっくりと目を開いた。顔色はまだ青白いままだった。

水原美佳は小声で尋ねた。

「土田社長、いかがですか?少しは楽になりましたか?」

男性は眉をひそめ、胸に手を当てた。

水原美佳はすぐに言った。

「救急車はもうすぐ到着するはずです。今は安全です!」

その言葉が終わるとすぐに、会場内で拍手が沸き起こり、続いて称賛の声が響いた。

「救急車がまだ来ないのに、水原さんがいなかったら、考えたくもないわ!」

「水原さんはさすがですね、ある人たちとは違って...」

「医学の名家出身なのに裏口入学して、こんな場でも分をわきまえず土田社長を診ようとするなんて、自分の力量もわからないのね!」

土田社長は力なく目を閉じ、口が動いたが、言葉にならなかった。

水原美佳は彼がまだ完全に回復していないのだと思い、気にしなかった。

彼女は立ち上がり、周囲の賞賛の眼差しを受け、そして藤原恭介を見た。

藤原恭介の目は優しく、それは彼女にとって最大の承認だった。

坂井晴美はまだ黙ったままで、彼らの持ち上げと踏みつけには関心を示さなかった。

人が集まる場所には必ず派閥がある。水原家も四大名門の一つである以上、何人かのお追従を言う者がいるのは当然だ。

それに、彼らが言う医学部への裏口入学の件は、確かに事実だった。

しかし...

坂井晴美は水原美佳を見つめ、目が次第に冷たくなった。

裏口入学したのは、本当に彼女坂井晴美だったのだろうか?

水原美佳はちらりと坂井晴美を見て、少し後ろめたそうに言った。

「皆さんの評価に感謝します。実は晴美ちゃんもとても優秀なんですよ」

「彼女が?私が患者だったら、自分の命を彼女に預けたくないわ!」

「見てよ、水原さんの器の大きさ。やっぱり水原さんの方が好きだわ!」

「水原さん、連絡先を教えていただけませんか?」

長い間沈黙していた藤原恭介が突然口を開いた。声は冷たかった。

「俺の女に手を出すな」

周りの人々は顔を見合わせ、笑い出した。

「見てよ、藤原社長が守ってるわ」

水原美佳は一瞬顔を赤らめ、甘えた声で呼んだ。

「恭介...」

藤原恭介は彼女の頭を優しく撫で、目は温かだった。

坂井晴美の目は次第に曇り、そして頭を垂れた。心が苦しくなった。

彼らに疑われ、打ちのめされても、彼女は悲しまなかった。

しかし、藤原恭介が何度も彼女の目の前で水原美佳を自分の女だと認めることは、殺されるよりも辛かった。

彼女は想像したくもなかった、外では二人がイチャイチャしているのだろうと。

水原美佳は微笑んだ。普段から水原家のお嬢様という身分で注目を集めることはあったが、今日のように自分の力で脚光を浴びる感覚は全く違った。

以前は坂井晴美と一緒にいると、いつも晴美が注目の的だった。彼女はただ坂井晴美を引き立てる脇役でしかなかった。

今や時代は変わったのだ。

彼女、水原美佳の輝かしい時代が来たのだ!

水原美佳は坂井晴美を見つめ、その目の奥に気づかれない憎しみが光った。

彼女は坂井晴美のすべてを奪い取るのだ!

称賛の声の中、一度は回復の兆しを見せていた土田社長が、突然痙攣し始めた。

「あっ!土田社長の様子がおかしいわ!水原お嬢様、早く見てください!」

全員の視線が再び土田社長に集まった。おかしいどころか、先ほど気絶した時よりも顔色が悪くなっていた!

水原美佳はすぐに前に出た。土田社長の呼吸は明らかに苦しそうだった。

これは...

水原美佳は突然戸惑いを見せた。心臓が合併症を引き起こしたのか?それとも呼吸に問題が生じたのか?

「何か食べましたか?」水原美佳は土田社長に尋ねた。

男性は首に手を当て、顔には激しい苦痛の表情が浮かんでいた。

水原美佳には理解できず、ただ次々と検査を続け、落ち着きなく手際が悪くなっていった。

外からフロントマネージャーが叫んだ。

「事故があって、救急車が渋滞に巻き込まれています!車で土田社長を病院に連れて行きましょう!」

坂井晴美は顔を上げ、土田社長の状態を見て、時間を確認した。おそらく間に合わないだろう。

彼女は通りかかったウェイターを引き止め、胸ポケットのペンを借りた。

「水原お嬢様、大丈夫ですか?」誰かが水原美佳に尋ねた。

水原美佳は顔を上げ、周囲の人々がまだ先ほどと同じ尊敬の眼差しで自分を見ていることに気づいた。

この状況では、たとえ無理でも強がるしかなかった。

「わ、私がもう少し診ます」彼女は明らかに緊張し、声も震えていた。

彼女は心臓外科医ではあったが、正直なところ、ここ数年は藤原恭介のことばかり考えて、ちゃんと勉強してこなかったことを認めざるを得なかった。

水原美佳は推測した。土田さんは何か食べ物を喉に詰まらせたのかもしれない?

しかし彼女は軽々しく手を出す勇気がなかった。もし土田さんが彼女の手の中で何かあれば、彼女は終わりだ。

彼女は自分の名誉をかけて賭けることはできなかった。

場の雰囲気が緊迫する中、水原美佳は突然誰かに押しのけられた。

冷たい女性の声が耳に入った。

「どいて!」

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