第58章

佐藤七海の足取りは止まることなく、ただ心の中には言葉にできない、形容し難い酸っぱさのような感覚があった。

「元気でね、少しでも長く生きられますように」

彼女の声はあまりにも小さく、空気に紛れてしまうほど軽やかで、当然誰にも聞こえるはずもない。

これからは、高橋和也と会う機会はもう二度とないだろう。ふん……元々違う世界の人間だったし、何の接点もなかったはず。こんなに長く絡み合えたのも、縁というものなのだろう。

長い髪が彼女の頬を隠し、表情は見えなかったが、彼女の細くも頑なな背中だけが前へ前へと歩み続け、一歩も立ち止まることない。

そこへ、携帯の着信音が彼女の思考を中断させ、彼女を現実...

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