第2章

古江直樹の深くて細長い瞳が少し細められた。昨夜、あの女が彼の下で許しを乞い泣いていた声が脳裏に浮かんだ。妖艶で人を惑わせる声に、激しく蹂躙し、骨髄まで揉み込み、一体となりたいという衝動に駆られた。

薄暗い照明とアルコールと薬の効果のせいで、古江直樹は昨夜の女の顔を思い出せなかった。ただ黒い長髪で、柔らかな体をしていて、かすかなミントの香りがしていたことだけは覚えていた。

三十年間禁欲してきた古江直樹にとって初めての経験は、まるで眠っていた猛獣が目覚めたようなものだった。その結果は想像に難くない。

昨夜のビジネスパーティーで、古江直樹は何者かに薬を盛られ、ホテルに戻って苦しんでいるところに一人の女が闖入してきた。彼はそんなことを考える余裕もなく、後で彼女に補償すると約束したが、目が覚めると、その女は姿を消していた。

「古江社長」秘書の長島健が慌てた様子で入ってきた。

古江直樹は少し冷ややかな表情で、履歴書を長島健に渡した。「この女を探し出せ。彼女を怖がらせないように。まずはこの女の素性を調べろ。それと、天星株式会社とのすべての提携を解消しろ」

怖がらせないように?

この口調はどこか甘やかしているように聞こえる?

古江直樹のもとで8年間働いてきた長島健は内心驚いた。もしかして古江社長が心を動かされたのか?

以前、古江直樹のベッドに上りたいと思った女たちは、みな悲惨な目に遭い、容赦なく追い出されていたのに。

「かしこまりました」長島健は思いを収め、上司の心中を推し量ろうとはせず、恭しく言った。「それで古江社長、午前10時に会議があります。午後2時にインタビュー、夜7時に玉井さんとの食事会が…」

古江グループ。

まだ正社員になっていないインターンの江崎玲子は、会社に着くなり忙しさに追われていた。

「江崎、この書類をプリントしてくれる?」

「江崎、このドキュメントを整理してくれる?」

「江崎、ペンがなくなったから取ってきて」

「江崎、水がなくなったから注文して…」

彼女には昨夜のことを考える余裕もなかった。部署の誰も、この目立たない存在が昨夜の飲み会の後どこへ行ったのかなど気にかけていなかった。

やっと一息つけた江崎玲子は、コップに水を注ぎ、廊下で一息つくことにした。

外から見れば、彼女は華やかで、古江グループに入社したことは狭き門を潜り抜けたようなものだ。しかし、誰が有名大学卒の彼女がここで雑用をこなしていることを知っているだろうか。

江崎玲子が憂鬱そうに空気を吸っていると、運営部の男性同僚が近づいてきた。「江崎玲子、疲れただろう。私のオフィスで少し休んだらどうだい」

三十歳の男性同僚はすでに禿げ頭で、四、五十代に見える。身長も普通、体格も普通だが、妙に自信過剰だった。

男性同僚の考えていることが、江崎玲子にわからないはずがない。

江崎玲子は丁重に断った。「私はこれから雨森さんに資料を届けなければならないので」

「大変だね」男性同僚は非常に親切そうに言った。「何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれよ。そうだ、今夜一緒に食事でもどうだい?映画のチケットを二枚買ったんだが、もうすぐ期限切れになる。見ないと無駄になるし、それに連絡先も交換してないよね。LINEを交換しよう」

江崎玲子は礼儀正しさを保ちながら、嘘をついた。「ありがとう、でも結構です。今夜は婚約者と食事の約束があるので」

こういう空気が読めない男性を退かせる方法は、でたらめを言うことだ。

「婚約者がいるの?」男性同僚はとても驚き、また失望した様子だった。

「ええ」江崎玲子は軽く笑った。「結婚式を挙げる時は、必ず招待状を送りますね」

今度は男性同僚が困った表情を浮かべた。「…ああ、そうか。そういえばまだ企画書を作っていなかったんだ。先に」

「どうぞ、ごゆっくり」江崎玲子の目に狡猾な光が走った。

男性同僚を追い払うと、江崎玲子の心は少し軽くなったが、次の瞬間、彼女の心臓は喉元まで跳ね上がった。

振り向いた江崎玲子の目が、古江直樹の目と合った。

江崎玲子はすぐに心臓が凍りつき、即座に頭を下げた。

古江直樹は彼女を見つけ出し、仕返しに来たのだろうか?

今謝罪しても間に合うだろうか?

彼女の体は無事でいられるだろうか?

素直に白状した方がいい?

それとも逃げるべき?

江崎玲子の心の中で葛藤が続いている間に、頭上から深みのある声が響いた。「顔を上げなさい」

彼女の体からはかすかなミントの香りがして、古江直樹に見覚えがあると感じさせた。

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