第4章

林沢明美はテレビで古江直樹を見たことがあった。あのピラミッドの頂点に立つような人物は、彼女が一生触れることのない存在だったはずなのに、今、古江直樹本人が目の前に座っている。

しかも実物はテレビで見るよりもさらに格好良く、完璧に仕立てられたスーツが長身を引き立て、全身から生まれながらの気品と凛とした雰囲気が漂っていた。格好いい、落ち着いている、そして圧倒的な存在感。

林沢明美は緊張で手に冷や汗をかき、心臓の鼓動が速くなり、頬が赤らんでいた。

こんな金持ちのイケメンを前にして、どんな女性だって顔を赤らめ、ドキドキしないわけがない。

古江直樹が口を開いた。淡々とした口調で。「昨夜のことだが、約束通り責任を取る。一億の小切手を受け取るか、それとも蘭園に引っ越して俺の女になるか、選んでくれ」

昨夜のこと?

林沢明美は頭が混乱した。

後半の「俺の女になる」という言葉に至っては、林沢明美を驚愕させた。

これは宝くじに当たるよりも興奮することだった。目の前に座っているのは、資産数千億の古江グループの権力者、古江直樹なのだから。

古江直樹の女になるということは、尽きることのない栄華と富を手に入れることを意味する。

林沢明美はあまりの驚きに言葉が出なかった。

古江直樹は林沢明美の顔色が青ざめ、怯えたような様子を見て、語調を和らげた。「ホテルの部屋で床に落ちていた履歴書を見つけて、ここに来た。怖がらなくていい。考える時間をあげよう」

林沢明美も黒い長髪をしていた。彼女は江崎玲子と同じシャンプーとボディソープを使っていて、体からも同じように薄いミントの香りがした。それが古江直樹に、昨夜の女性は林沢明美だと確信させた。

古江直樹は林沢明美について調査させていた。孤児院出身、短大卒業、現在は無職で仕事を探している最中だった。

経歴にクリーンだ。

ホテルのシーツに残った赤い証は、林沢明美の初めてだったことを証明していた。古江直樹は男として、やったからには認め、責任を取るべきだと考えていた。

もちろん、もっと重要なのは、彼女が初めて彼の自制心を崩した女性だったということだ。

林沢明美がまだ黙っているのを見て、古江直樹は話題を変えた。「昨夜、なぜ景山ホテルに行ったんだ?」

「景山ホテル?わたし...」林沢明美は我に返り、言葉を詰まらせた。

履歴書は江崎玲子にしか渡していなかった。そして江崎玲子は昨夜、確か景山ホテルの下にあるレストランで部署の飲み会をしていたはずだ。

林沢明美は江崎玲子が朝方に帰ってきたこと、履歴書をなくしたことを思い出し、ようやく状況を理解した。昨夜の相手は江崎玲子で、古江直樹は人違いをしているのだ。

「仕事を探しに行ったんです。わたし...昨夜があなただとは知らなくて、怖くなって、それで...帰ってしまったんです」

林沢明美は心臓がドキドキしながら嘘をついた。資産数千億、格好良くてお金持ちの古江直樹を前に、どうして我慢できるだろうか?

彼女が古江直樹についていけば、一気に上り詰め、将来は古江家の奥様になれるかもしれない。最悪でも、十分な補償があるだろう。お金に困ることはなくなる。

この60平米の賃貸アパートに住む貧乏な生活から抜け出せる。

古江直樹はこの理由に疑問を持たなかった。「三日間、考える時間をやる」

「...はい」林沢明美はすぐには承諾しなかった。古江直樹のような金持ちに対しては、あまり安っぽく見られないようにしなければならない。

さらに重要なのは、江崎玲子がもうすぐ帰ってくることだった。林沢明美は古江直樹が江崎玲子と鉢合わせることを心配していた。そうなれば嘘がバレてしまう。

「決めたら、秘書に電話してくれ」

古江直樹はそれ以上長居せず、秘書の名刺を置いて立ち去った。

彼の車がちょうど発進したとき、江崎玲子が乗ったタクシーが到着し、すれ違いざまになった。

タクシーが止まり、江崎玲子が下車して賃貸アパートに戻った。「明美、メッセージ見た?今夜一緒に食事に...」

林沢明美がソファに座ってぼんやりしているのを見て、江崎玲子は不思議そうに近づいた。「明美、どうしたの?面接うまくいかなかった?大丈夫よ、わたし今正社員になって昇進したから、あなたを養うわ。今夜一緒に外食しましょう」

「家で食べましょう」林沢明美は気持ちを落ち着かせようとして、少し心虚そうに言った。「材料買ってきたから、料理するわ」

そう言って、林沢明美はキッチンへと向かった。

「それもいい。風間くんが出張から戻ったら、みんなで豪華な食事に行きましょう」江崎玲子もキッチンに入って手伝いながら、心配そうに尋ねた。「明美、どうしたの?ぼんやりしてるけど」

彼女が昇進して正社員になったという話に、林沢明美が全く反応しないのは異常だった。普段なら、おごってもらおうとねだるはずだ。

「な、なんでもないわ」林沢明美は目をそらし、言葉を詰まらせながら言った。「玲子、わたし、ここを出ていくかもしれない」

「どうして急に引っ越すの?」江崎玲子は非常に驚いた様子で言った。「仕事も見つかってないのに、お金もないんでしょう?どこに住むつもりなの?わたしたち今まで一度も離れたことないのに」

「彼氏の家に引っ越すの。彼が養ってくれるって」林沢明美はじっと江崎玲子を見つめて言った。「わたしが幸せを追いかけるのを、邪魔しないでしょう?」

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