第1章 十五年後?!
――臨時ニュースをお伝えします。午前10時23分、N航空NA620便が飛行任務中、太平洋上空にて消息を絶ちました……
水、四方八方から水が押し寄せてくる。胸が張り裂けそうで、息ができない窒息感に、小林穂乃香は必死に手足をばたつかせた。
突如、下から浮力が働き、体を押し上げられるのを感じる。どれほどの時間が経ったのか、耳から波の音は消えていた。彼女は、はっと目を見開いた。
どうして自分はバスタブに座っているのだろう?!
小林穂乃香は、自分がA国行きの飛行機に乗っていたことを覚えていた。客室乗務員が機内食を配っているとき、機体が激しく揺れ、誰かが翼から黒い煙が上がっていると叫んだのだ。
飛行機は海に墜落し、乗客たちが慌てて救命胴衣を着るよりも早く、海水が流れ込んできた。機内の水位はどんどん上がっていき……。
その瞬間、小林穂乃香は少し混乱した。これは夢なのか、それとも現実なのか?
喉の痒みに、小林穂乃香はこんこんと咳き込んだ。その時、外から足音が聞こえ、ドアが開かれた。
見慣れた顔を見て、小林穂乃香の目は一瞬で潤み、不満げに唇を尖らせると、抱っこをねだるように甘えた声で手を伸ばした。「彰さん!」
長いまつ毛にはまだ水滴がついており、夢か現か分からぬまま、小林穂乃香の心は言いようのない恐怖で満たされていた。
藤堂彰は小林穂乃香の夫である。二人は高校で恋に落ち、大学卒業後に結婚した。この世で最も小林穂乃香を甘やかす人間を挙げるなら、藤堂彰が二番目だと言えば、一番目を名乗れる者はいなかった。
小林穂乃香は、藤堂彰がいつものように自分を抱きしめて頬にキスをし、夢は偽物だ、そばにいるから怖くないよ、と慰めてくれるものだと思っていた。
しかし次の瞬間、彼女は容赦なく喉を締め上げられた。
この時になって、小林穂乃香はようやく何かがおかしいと気づいた。目の前の男は藤堂彰のようであり、藤堂彰ではないようでもある。
「誰の差し金だ? よくもまあ、こんな顔に整形できたものだな!」
男の冷たい視線が小林穂乃香の顔に注がれる。まるで彼女を通して何かを懐かしんでいるかのようだったが、そんな感情は一秒も経たずに、獰猛で陰鬱な色に取って代わられた。濃密な殺気に、小林穂乃香の瞳孔が引き締まる。
目の前の男が、今この瞬間に自分を殺したがっていることを、彼女は疑わなかった。
「選択肢は二つ。その顔を自分で変えるか、俺が潰してやるかだ」
口調は軽やかだったが、拒絶を許さない威圧感は、それが冗談ではないことを明確に示していた。
そう言うと、男はすっと立ち上がり、傍らのティッシュを引き抜くと、まるで汚いものにでも触れたかのように力強く手を拭った。
小林穂乃香の髪からはまだ水が滴り落ちていた。彼女はぶるっと震えた。寒さからでもあり、恐怖からでもあった。
記憶の中の藤堂彰は、いつもにこにこと笑みを浮かべ、彼女のわがままをすべて受け入れてくれた。彼に少年のような清潔感があって爽やかなところが好きなのだと彼女が言ったから、後に父親となり、グループの実権を握るようになっても、彼は他の社長たちのように、ヘアオイルで髪をオールバックにして老成した姿を見せることはなかった。
そのことで小林穂乃香は彼をからかい、そんな男子大学生みたいな雰囲気じゃ、威厳が出ないと言ったこともある。
藤堂彰は笑うだけで何も言わず、身なりを変えることなく、いつも爽やかで、まるで陽の光のような香りをまとっていた。
しかし、目の前の男は違う。七三分けのサイドバックに髪を流し、オーダーメイドの黒いシャツのボタンを二つ開けている。かつて澄み切っていた瞳は暗く冷徹に沈み、人を寄せ付けない冷気を放っていた。
記憶の中の藤堂彰が、日向で腹を見せて伸びをする、人懐っこい猫だとしたら、目の前の男は闇に潜み牙を剥く黒豹のようだ。いつでも不意を突いて獲物の喉笛に噛みつかんとする。
視線が男の鎖骨に落ちる。そこには、ほとんど見えないほどの小さな傷跡があった。昔、彼女を助けようとして、割れた窓ガラスで切った傷だ。
小林穂乃香は唇を震わせ、男の目尻の細い皺を見つめた。確かに歳を重ねた深みはあるが、しかし……。
「なんで老けてるの?」
変化は大きい。だが、目の前の人物が藤堂彰であることに、小林穂乃香は確信を持てた。
鷹のように鋭い目がすっと細められ、藤堂彰の顔色はさらに険しくなった。嫌悪感を露わに言う。「声はよく似せている。だが残念だ、俺は代用品には興味がない。誰に送り込まれたかは知らんが、死にたくなければ……」
「彰さん、私のこと分かんないの? なんなのよもう、今これ夢なの? それとも転生とかしたの!? ありえない!」
脅し文句は言い終わる前に遮られた。
小林穂乃香は腹立ちまぎれに水面を叩き、怒りに満ちた声で言い放った。「あなた、藤堂彰でしょ!?」
藤堂彰は何も言わず、ただ険しい顔で彼女を睨みつけている。もし他の者がこの表情を見れば、肝を潰すことだろう。藤堂社長がこの顔をするときは、大立ち回りが始まる前触れなのだから。
小林穂乃香は先ほどまで怖がっていたが、今はアドレナリンが急上昇し、さらには相手の顔が見慣れたものであるため、恐怖よりも怒りが勝っていた。
「あなた、昔、綾雲市瑞穂区東坂小路に住んでたでしょ! 何でもそつなくこなすくせに、歌だけはド下手だったじゃない! マンゴーアレルギーなのに、私が好きだからって無理して抗アレルギー薬飲んで食べたでしょ、あなた……」
小林穂乃香は立て続けにまくし立てた。
締められて痛む首をさすりながら話しているうちに、涙がこぼれ落ちてきた。腹が立つやら、悲しいやら。元々ひどく怯えていたのに、こんな仕打ちを受けるなんて。
泣いているうちに恥ずかしくなり、腕を上げて子供のように涙を拭う。藤堂彰に手を上げられたからこそ、悲しみは倍増していた。
小林穂乃香は気づかなかった。彼女の言葉と共に、目の前の男の顔がどんどん青白くなっていくのを。脚の横に垂らされた両手が、抑えきれずに震えているのを。その目の充血が、先ほどの激怒の時よりもさらにひどくなっているのを……。
「お前は、誰だ」
嗄れた声には明らかな嗚咽が混じり、乾いた三文字は、全身の力を振り絞ってようやく喉から押し出されたかのようだった。
「小林穂乃香よ! 私が小林穂乃香! 他に誰がいるっていうの!」
小林穂乃香はバスタブから立ち上がった。拭っても拭っても溢れる涙で視界がぼやける。傍らにあったバスローブを手に取ると、そこに突っ立っている男を力強く突き飛ばした。
「どいてよ、嫌なやつ!」
嫌なやつ、というのは、小林穂乃香が腹を立てたときに藤堂彰を罵る決まり文句だった。
ドアの外へ突き飛ばされた藤堂彰は、壁によろめきかかった。まるで溺れかけて助けられた人のように、大きく、大きく息を吸い込む。やがて何かを思いついたように、床についた手を拳に変え、力任せに壁を殴りつけた。
きつく寄せられていた眉がわずかに緩み、血にまみれた指の関節を見つめ、藤堂彰は呆然としていた。
痛い。
バスルームでは、小林穂乃香が濡れた服を脱ぎ、バスローブを羽織っていた。感情を吐き出した後、彼女は今の状況がよく分からなくなっていた。飛行機事故が夢ではなかったことは確かだ。服も、飛行機に乗っていた時のものだ。
それなのに、なぜ一瞬でここにいるのか。藤堂彰は一体どうしてしまったのか?
外に出て藤堂彰と話そうと思ったその時、ドアが突然、力任せに破るように開けられ、そして彼女は強く抱きしめられた。
慣れ親しんだ腕の中に、小林穂乃香の張り詰めていた神経がわずかに緩む。彼女はぶつぶつと呟いた。「一体どうなってるのよ。飛行機事故で海に落ちたはずなのに、どうして一瞬でここにいるの。それにさっきのあなたの態度は何……」
言いかけた小林穂乃香は口を閉ざした。首筋に湿り気を感じたからだ。藤堂彰が……泣いている?
「穂乃香、お前は十五年も行方不明だったんだ。俺は、狂うほどお前を探したんだぞ、穂乃香」
腰に回された腕が力を増すのを感じ、小林穂乃香は呆然とした。
はぁ?!
