第90章 夫婦間の引っ張り合い

吉野佳芳の心の中で、藤堂彰は空に浮かぶ月のような存在であり、彼女にとって聖域にして不可侵の高嶺の花だった。

今日、藤堂彰が小林穂乃香に見せたあのような姿は、彼女にとってすでに大きな衝撃となっていた。

自分が戻ってきたのは、小林穂乃香に彼女と藤堂彰が結ばれるはずがないと証明するためだったのに、誰だって心が穏やかでいられるはずがない。

吉野佳芳は藤堂彰と一緒になりたいと思ったことはないと言っていたが、人間誰しも多少の幻想は抱くもので、今日、彼女のその淡い想いは無残にも打ち砕かれたのだ。

片想いとは元々一人だけのもの。誰のせいでもない。しかし、吉野佳芳は藤堂彰のあまりの無情さを怨まずにはいら...

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