第1章

玲子視点

私が死んでから、三ヶ月と四日が経った。

けれど今夜も、この白桜音楽賞を「見ている」

どうしてかなんて聞かないでほしい。未練があるからか、それとも今夜があまりに重要だからか。隆司は、私たちが一緒に選んだ黒のタキシードを身にまとい、レッドカーペットの上に立っている。ただ、今、彼の腕にいる女性は、私じゃない。

藤崎梨乃。なんて美しい子。ラテン系の血筋が、彼女に完璧な顔立ちと優雅な気品を授けている。彼女は隆司の腕にぴったりと寄り添い、カメラに向かって、私がついにマスターできなかった、あのプロフェッショナルな笑顔を振りまいている。

「隆司さん! 梨乃さん! こっち向いて!」

「音楽業界、最注目の新カップル!」

カメラのフラッシュが、雨のように降り注ぐ。隆司が機械的に首を巡らせ、あらゆる角度に応じているのが見える。瞳は、私の胸を締め付ける、あの虚ろな色をしていた。何かから逃げ出したい時に彼が見せる、私がいちばんよく知っている表情だ。

ねえ、隆司。まだ、カメラの前で幸せそうに振る舞うことを覚えていないのね?

梨乃はつま先立ちになり、赤い唇を彼の耳元に寄せ、囁く。「今夜は、奇跡が起こる夜よ」

笑ってしまいそうになる。もし彼女が知っていたら、それでも同じことが言えるだろうか。今夜の本当の奇跡は、隆司が賞を獲ることなんかじゃなくて、死んだ女が、最も愛する男に誕生日の祝福を贈ろうとしていることなのだと。

レッドカーペットが終わり、スポットライトと歓声が遠ざかっていく。私は二人の後を追う。幽霊の特権は、どこにでも行けることだ。煌びやかな授賞式の会場へと。

最前列のVIP席で、彼は「新しい恋人」の隣に座っている。梨乃が時折、隆司の手の甲を撫でているのが見える。あれは私の癖だった。彼が緊張するたびに、そうやって安心させてあげていた。

今、私がしていたことを、別の誰かがしている。

嫉妬すべき? 怒るべき?

ううん、ただ深い疲労感があるだけ。死は私に安らぎをもたらさなかった。もたらしたのは、より深い思慕の念だけだった。

「続きましては、今夜の最重要賞の一つ!白桜音楽賞、最優秀新人賞を発表いたします!」

司会者の声が会場に響き渡る。心臓が跳ねる、もし死人に心臓の鼓動があるのなら。

「特に、我らが山崎隆司さん。彼のアルバム『サイレント・フェブラリー』は、国内の音楽チャートを席巻しただけでなく、藤崎梨乃さんとの童話のようなロマンスも相まって、今や全国が最も注目する音楽界の新星となりました!」

サイレント・フェブラリー。

今ごろ、涙が頬を伝っているはずだった――もし、まだ泣くことができたなら。あのアルバムの一曲一曲に、私たちの秘密が詰まっている。サイレント・フェブラリー、私が彼のもとを去った月。

隆司、知ってる? 最期の瞬間でさえ、私はあなたの歌を聴いていたんだよ。

「受賞者は.......山崎隆司!」

観客が沸き立つ中、梨乃が興奮して彼を抱きしめるのが見える。けれど、隆司の表情が、私の心を完全に打ち砕いた。

彼は、喜んでいない。

彼は立ち上がり、ステージへ歩み寄り、かつて二人で夢見たトロフィーを受け取る。マイクの前に立つ。眼下には三千人の観客、画面の向こうには三千万人の視聴者.......誰もがこの瞬間を待っている。

私も、待っている。

隆司はトロフィーを握りしめ、数秒間、沈黙する。そして彼の唇が、見たこともない笑みを形作った――冷たく、悪意に満ち、憎しみを湛えた笑みを。

「白桜音楽賞、ありがとうございます。応援してくださった皆さんにも感謝します。今日は二月四日、明日は二月五日、誰かさんにとっては、特別な日かもしれませんね」

私の身体が震え始める。隆司、あなた、何をしているの?

「特に感謝したいのは、私の元セラピスト、水原玲子医師です。彼女は職業倫理に反して私と交際し、誰かが本当に私の誕生日を気にかけてくれると信じ込ませました。そして、私が最も支えを必要としていた時、彼女は私たちの犬を連れて姿を消し、山のような医療費の借金を置き去りにしたのです」

やめて! 隆司、そんなことしないで!

もし生きていたら、ステージに駆け寄って彼を止めるのに。もし声が出せたなら、世界中に真実を叫ぶのに。でも、私には何もできない、彼が私の墓の上に、ありったけの憎しみを注ぎかけるのを、ただ無力に見ていることしかできない。

「彼女は私に最も重要な教訓を教えてくれました。セラピストも嘘をつくこと、そして誕生日は呪いにもなりうること。最高の音楽は、最も深い裏切りから生まれるのだと示してくれた彼女に感謝します」

壇下は静まり返り、ライブ配信のチャットは炎上している。人々が携帯を取り出して私の名前を検索し、その顔に驚きと嫌悪が浮かぶのが見える。

「待って……水原玲子医師って……もう亡くなってない?」

「なんてことだ、彼は死者を攻撃しているのか?」

そう、私はもう死んでいる。急性白血病で、彼のいない病室で、ハチの温かい抱擁の中で死んだ。

そして今、私が最も愛する男が、全世界の前で私の名を辱めている。

隆司、自分が何をしているかわかっているの? 私がなぜあなたのもとを去ったか、知っているの? 私が最後の力で、あなたのために何をしたか、知っているの?

壇下では、梨乃の顔が紙のように白くなっている。彼女は息を殺して怒りを込めて囁く。「隆司、あなた正気なの?」

そう、彼は正気じゃない。私の隆司は、狂ってしまった。

愛に狂い、憎しみに狂い、真実を知らないがゆえに狂ってしまった。

ステージを降りる彼の肩が、わずかに震えているのが見えた。後悔? それとも安堵? わからない。ただ、ステージで 辛辣な言葉を吐いた男が、かつて夜明けまで私のために曲を書いてくれた、あの少年と同じだということだけはわかった。

バックステージの祝賀パーティーは、気まずい雰囲気のまま続いている。隆司は一人、隅で酒を飲んでいる。ネット上の非難は波状攻撃のように押し寄せ、人々は彼を罵り、糾弾し、フォローを外していく。

私はそのすべてを、ガラスのように砕け散る心で見つめていた。

彼を守るために去ることを選んだのに、今や私が彼の破滅の原因になってしまった。

真夜中になり、ほとんどの人が去った。隆司がソファに酔って座り込んでいると、突然、彼の携帯の画面が光った。

時間だ。

私が設定しておいたインスタグラムの自動投稿機能が、彼の二十九歳の誕生日の最初の瞬間に、正確に作動した。

@玲子の療法 が新しい動画を投稿しました:「ハッピー・バースデー、二十九歳の隆司へ、天国からのメッセージ」

投稿日時:2024年2月5日 00:00:01

隆司の手が震え始め、彼が画面を凝視し、顔から血の気が引いていくのを見る。

隆司、私の愛しい人。あなたには、これから何が起こるか、まったくわかっていない。

「死んだ」人間が、なぜあなたの誕生日の最初の瞬間に、お祝いのメッセージを送ってくるのか、まったくわかっていない。

あなたがこれから何に直面するのか、まったくわかっていない。

彼は震える指で動画をクリックする。画面には、キャップを被った私の青白い顔が映し出された――ハチがまだそばにいた、私の最後の月に記録したものだ。

「お誕生日おめでとう、隆司。あなたに伝えたいことが、たくさんあるの……」

隆司の携帯が床に落ち、画面は砕け散ったが、動画は大理石の上で再生され続けている。

お誕生日おめでとう、私の隆司。

これは、ほんの始まりに過ぎない。

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