第3章
星野哲朗視点
午前二時、俺はべろんべろんに酔ったまま、千鳥足で玄関に転がり込んだ。菜々子との夜は、たまらなく最高だった。あの脚、あの身体が、仕事でのクソみたいな一日をすっかり忘れさせてくれたのだ。
「紗季?」
二階に向かって呼びかけると、がらんとしたリビングに俺の声が響き渡った。
返事はない。
俺は肩をすくめた。また拗ねてるんだろうな。ここ数年、俺の帰りが遅いと、あいつは決まって黙り込むようになった。もうその芝居には慣れっこだ。少し甘い言葉でもかければ、すぐに機嫌を直す。
主寝室に入り、クローゼットの明かりをつける。
なんだ、これは……?
幻覚でも見ているのかと思い、強く瞬きする。だが違う、幻覚じゃない。クローゼットが、半分空っぽになっていたのだ。紗季の高価なドレス、靴、ハンドバッグ――すべてが消え失せ、そこには俺の服だけがぶら下がっていた。
「客間に移ったのか?」焦り始めた俺は呟いた。
化粧台に駆け寄ると、そこにあったはずの彼女の化粧品がすべて消え失せていた。香水の瓶、スキンケア用品、宝石箱――何もかも。ただ一つだけ、まるで顔を平手打ちでも食らったかのように、ぽつんと残されたものがあった。
腹の底が冷たくなった。
彼女の結婚指輪だ。
震える手で、そのダイヤモンドの指輪を拾い上げる。三年前、俺が彼女の指にはめてやった指輪が、今やゴミのようにそこに転がっていた。
ありえない、何かの間違いだ。紗季が俺をからかっているだけだ。あいつはいつも、俺の気を引くために芝居がかったことをする。明日には戻ってきて、「まんまと騙されたでしょ」と笑うに違いない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は書斎へと向かった。
だが、そこで目にした光景に、一瞬で酔いが覚めた。
紗季が運営していた慈善団体の書類が、すべてなくなっていた。彼女が三年間かけて築き上げてきたプロジェクトファイル、提携契約書、財務諸表――すべてが跡形もなく消え失せている。あいつが育てていた、あのくだらない蘭の鉢植えまで。
「嘘だろ……」俺は椅子に崩れ落ちた。頭が混乱していた。
これは芝居じゃない。これは……あいつは、本気で出て行ったんだ。
翌朝、俺はオフィスでひどい二日酔いに耐えながら、書類仕事に集中しようとしていた。だが、頭に浮かぶのは、あの空っぽになった部屋のことばかりだった。
秘書の西村歩実がノックして入ってきた。ひどく怯えたような顔をしている。
「星野さん、その……ご覧いただきたい書類が……」彼女は震える声で言った。
「何をそんなにビビってるんだ?」俺は顔も上げずに尋ねた。
「奥様の弁護士からです」
顔を上げると、歩実が茶封筒を手にしているのが見えた。封筒には「森田法律事務所」と印刷されている。街で最も高額な離婚専門の弁護士事務所だ。
全身の血の気が引いた。
「よこせ」俺はなんとか声を平然と保ちながら言った。
歩実が書類を渡すと、そそくさと部屋から出ていった。
俺は封筒を引き裂くように開けた。中には法的な書類。そこに書かれた言葉は、まるでレンガで殴られたかのような衝撃だった。
『離婚調停申立書』
「ふざけるな!」椅子を蹴倒して立ち上がる。「こんなの、現実じゃねえ!」
ページをめくるごとに、怒りがこみ上げてくる。財産分与、親権、共同名義の不動産処分……俺の財産の半分をよこせだと?
最悪なのは、相手が森田法律事務所だということ。つまり、紗季はふざけているんじゃない。――本気なんだ。
俺は電話を掴み、紗季の番号にかけた。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません……」
あいつ、番号まで変えやがったのか?
俺は彼女の実家に電話した。数回のコールの後、紗季の母親が出た。
「お母さん、私です、哲朗です。紗季はいますか? ちょっとした喧嘩をしただけなんです。話がしたくて」俺は平静を装って言った。
数秒の沈黙の後、冷え冷えとした声が返ってきた。「哲朗さん。あの子は正しいことをしたのよ。彼女はあなたにはもったいない人だわ」
「は? お母さん、何を言ってるんですか?」耳を疑った。この三年間、紗季の母親はいつも俺に優しかったはずだ。
「娘は三年間もあなたに耐えてきた。もう十分よ。あの子も、ようやく目が覚めたの」
電話は切れた。
俺は受話器を握ったまま、呆然と座り込んでいた。三年間、俺に耐えてきた? 一体どういう意味だ? 俺はあいつにすべてを与えてきたはずだ――最高の生活、贅沢、あいつが望むものは何でも。
俺は共通の友人たちに電話をかけ始めた。最初は紗季の親友、吉田遥だ。
「遥、俺だ。紗季がどこにいるか知らないか?」
遥の声は怒りに満ちていた。「哲朗。本気で、紗季があなたの浮気に永遠に耐え続けると思ってたの?」
浮気? 「遥、俺と妻の間のことに――」
「妻?」遥は乾いた笑いを漏らした。「あなたは一度でも紗季を妻として扱ったことがある? それとも、ただのトロフィーとして見てただけじゃない?」
またツーツーという音が響く。
その後の電話も、同じようなものだった。友人たちは皆、紗季の味方についている。浮気、耐えてきた、トロフィー……彼らの言葉が、俺の頭の中で繰り返し響いた。
俺がいつ浮気した? あいつが望むものは何でも与えてやったじゃないか!
だが今や、誰もが俺の敵だ。親父の友人たちでさえ、俺に奇妙な視線を向けてくる始末だった。
午後三時頃、ようやく遥を問い詰めて情報を引き出した。紗季は東地区の高級マンションにいるかもしれない、と。俺はすぐにそこへ車を走らせた。
建物の外に車を停めた俺は、血の気が引く光景を目にした。
階下に停まった引越しトラックから、作業員たちが家具を運び出していた。見覚えのあるものばかりだ――俺たちのソファ、ダイニングテーブル、本棚……。
そして、ピアノが見えた。
最初の結婚記念日に俺が贈ったスタインウェイ。あいつは嬉し涙を流し、「最高のプレゼントよ」と言った。その黒いピアノが今、四人がかりで運び出され、太陽の光を浴びて鈍く輝いていた。
俺はただそれを見つめていた。そして、ようやく悟った。
彼女は、本当にいなくなったんだ。
ヒステリーを起こしているのでも、駆け引きをしているのでもない。俺が関係を修復するのを待っているわけでもない。彼女は、本当にいなくなったのだ。永遠に。
車から飛び出し、駆け寄って作業を止めさせ、彼女を見つけ出して、なぜだと問い詰めたかった。だが、身体が動かなかった。
この三年間、俺は彼女がいつもそこにいると、当たり前のように思っていた。俺がどんなクソな真似をしようが、誰と寝ようが、彼女は家で待っているものだと。彼女は俺の帰る場所であり、確かなものであり、このめちゃくちゃな人生における、唯一不変の存在だった。
今、彼女はいない。
