第4章
星野哲朗視点
三日後、俺は最高級のスーツに身を包み、家庭裁判所の前に立っていた。相変わらず、俺はいかにも成功した男といった風体だった。
彼女が本当にいなくなってしまったというのに、俺はまだ、これも気を引くためのパフォーマンスなのだと自分に言い聞かせていた。女ってのはいつもこうだ。大騒ぎを起こして、こっちが這いつくばって戻ってくるのを待っている。
九時きっかりに、一台の黒い高級車が停まった。俺は深呼吸をし、謝罪と約束の言葉を準備した。
だが、ドアが開いて降りてきたのは紗季だけではなかった――ダークスーツを着た中年の男が一緒だった。彼女の弁護士だ。二人は家庭裁判所に向かって歩き出し、紗季は俺の方を見ようともしなかった。
「紗季!」俺は彼女に向かって歩み寄った。「話がある! ふざけるのも大概にしろ!」
弁護士がすぐに俺たちの間に割って入った。「星野さん、私の依頼人には近づかないでいただきたい」
どこからともなく現れたこの何者でもない男を、俺は睨みつけた。「俺の妻だろうが!」
紗季が歩みを止めた。彼女はゆっくりと振り返り、俺が見たこともない氷のように冷たい視線で俺を射抜いた。
「元妻よ」と、彼女は恐ろしいほど静かな声で言った。「――もうすぐ、そうなるわ」
その眼差しは、空っぽのクローゼットよりも俺に深く突き刺さった。これは俺の知っている紗季じゃない。俺の知る紗季なら、泣いて、わめいて、よりを戻してと懇願するはずだ――だが、俺をまるで無価値な人間であるかのように見つめることだけは、決してなかった。
彼女はもう一瞥もくれることなく、まっすぐ家庭裁判所の中へと消えていった。
俺はその場で立ち尽くし、怒りを募らせた。俺に恥をかかせたいのか? いいだろう。あいつがどれだけ恩知らずな女か、世間中に知らしめてやる。
「星野さん! 星野さん!」記者たちが四方八方から殺到してきた。「離婚についてコメントをいただけますか?」
俺はネクタイを締め直し、とびきりの笑顔を作ってやった。
「不貞行為があったというのは本当ですか?」と、どこかの女性記者が尋ねた。
俺は笑った。「男が遊ぶなんて普通のことでしょう。彼女が何でもないことを大げさに騒いでいるだけですよ」
「この離婚は成立すると思われますか?」
「成立?」俺は思わず噴き出しそうになった。「彼女の方から泣きついて戻ってきますよ。女なんてみんな同じです――男が必要なんです」
記者たちはこのネタに飛びついた。俺は調子に乗っていた。「俺は星野グループの跡取りですよ。彼女がこれ以上の相手を見つけられると本気で思っているんでしょうか? 三年間、俺は彼女にすべてを与えてきた。それなのに、かんしゃくを起こして家出とはね。子供じみている」
記者たちが互いに目配せしているのに気づいたが、知ったことか。紗季がどれだけ恩知らずか、世界中に知れ渡ればいい。
その夜、俺は都心のマンションに戻った。シャワーを浴びたところで、呼び鈴が鳴った。
「哲朗さん!」菜々子が赤いドレスを着て、シャンパンを手に現れた。「ニュース見たわ! これで私たち、一緒になれるのね?」
浮かれている彼女の姿に、吐き気がした。
「一緒になる? てめえは自分のこと、何様だと思ってんだ?」俺は言い放った。
菜々子の笑顔が凍りついた。「だって、奥さんが出て行ったんでしょう……?」
「お前が彼女の代わりになれると思うな!」俺は叫び、自分でも驚いていた。
その言葉が口から出た瞬間、俺はそれがどれほどの真実かを悟った。
菜々子はそこに突っ立ったまま、俺がどれだけ酷いか泣きわめいていたが、俺の耳には何も入ってこなかった。窓辺へ歩いていき、タバコに火をつけ、今日一日を頭の中で再生した。
紗季のあの眼差し……彼女は怒ってもいなければ、傷ついてもいない――ただ、どうでもいいのだ。まるで俺が、彼女にとって何者でもないかのように。
それ以上に俺を恐怖させたのは、彼女が……自由に見えたことだった。
三年間、俺は彼女を理解しているつもりでいた。彼女は俺を必要としていて、俺のどんなクソみたいな振る舞いにも耐え続けると思っていた。だが、今日会った女、冷静に「元妻よ」と言い放った女――俺は彼女のことを、まったく知らなかった。
「ねえ、聞いてるの?」菜々子の声が俺の思考を遮った。
俺は振り返って彼女を見た。美人だが、空っぽだ。他に何がある?
そして紗季は……俺はふと、四年前、初めて彼女に会った時のことを思い出した。バーやパーティーなんかじゃない。慈善イベントだった。彼女は貧しい子供たちの教育プロジェクトに入札していて、本気で気にかけていた。それに俺は惹かれたんだ――彼女は、本当に善良な人間だった。
いつから俺は、彼女の存在を当たり前だと思うようになったんだ?
「俺たち、もう終わりだと思う」と、自分の声が聞こえた。
「何よ? どうして? あの人のせい?」
俺は何も説明せずに彼女を追い出した。
ウイスキーを注ぎ、紗季にメッセージを送ろうと携帯を掴んだところで、彼女が電話番号を変えちまったことを思い出した。空っぽのチャット画面を見つめ、途方に暮れた。
再び呼び鈴が鳴った。裁判所の書類を持った配達員だった。封筒を開けると、中には『家庭裁判所からの離婚調停期日呼出状』が入っていた。
指定された日は二週間後。
その時、俺は記者たちに何を言ったかを思い出した。俺が吐いたあのクソみたいな言葉の数々……「男が必要だ」「大げさに騒いでいる」「子供じみている」……。
紗季がこのクソみたいな記事を見たら、どう思うだろう?
検索してみると――最悪だった。どこもかしこも、この記事だらけだ。見出しは残酷極まりなかった。「星野グループ跡取り『妻は俺なしでは生きられない』」「富豪の夫、妻を公然と罵倒」……。
コメント欄はさらに酷かった――誰もが俺を叩いていた。
その時、俺は悟った――自分で自分の首を絞めたのだと。
その書類を見つめながら、もはや彼女が戻ってくるという幻想を抱くことはできなかった。ようやく理解した――俺は、負けたのだ。
すべてを、失ったのだ。
