第12章 偶然の出会い
綾辻真之視点
俺はママから渡されたお金を受け取り、口を開いた。
「ママ、あっちでちょっと買い物してくる。ふたりは先に見てて。あとで中央ホールで合流しよう」
そう言うが早いか、俺はくるりと背を向けて駆けだした。
小動物を扱っている店に着くと、ケースを端から端まで覗き込み、行ったり来たり迷った末に――店で最後に残っていたハムスターを選んだ。
店主としつこく値段交渉して、なんとか安くしてもらう。
……が、ケージとエサまで揃えたら、結局けっこうな出費になった。
ケージの中で、まるっとしたハムスターが目を閉じてすやすや眠っている。
その可愛さに胸がきゅっとなった。
これ、あの子にあげよう。
そう決めて店を出ようとした、そのとき――。
ぞくり、と背中に刺さるみたいな視線を感じた。
振り向く。
そこにいたのは中年の男だった。唇は血の気がなく白い。片方の脇腹を押さえ、指の隙間から赤黒いものが滲んでいる。
――怪我してる。
怖かった。妙な圧に喉が詰まり、長居したくなくて、俺はハムスターを抱えたまま早足でその場を離れた。
男の存在が頭から離れないまま、焦っていたんだと思う。周りが見えず、曲がり角で人にぶつかった。
どんっ。
身体がよろけて、そのまま尻もちをつく。
でも、腕の中のケージだけは抱え込んだ。ハムスターは無事だ。
「大丈夫かい、坊や」
俺は首を振る。
「大丈夫」
顔を上げて、息を呑んだ。そこに立っていたのは――。
「……あんた!」
霧島雲が一瞬きょとんとしてから、気づいたように眉を上げた。
「ああ。君か」
彼の背後には黒服の男たちが何人も控えていた。全員が周囲を鋭く見回し、何かを探っているみたいに落ち着きがない。
「誰か探してるの?」
霧島雲は目を丸くした。
「どうして分かる?」
「だって、さっき変な人がいた。怪我してたみたいだし……あんたたち、その――」
俺が指さした方へ、黒服たちがいっせいに視線を投げる。
けれど、さっきの場所にはもう誰もいなかった。
それでも彼らは無言で歩きだし、霧島雲も一瞬遅れてついていく。
その直前、霧島雲が俺の前にしゃがみ込んだ。
「君たちが半月前、俺を助けてくれたこと……礼を言う。急いで出てきたから現金がなくてね。これは受け取ってくれ。あと、これが連絡先だ」
そう言い終えると、彼は立ち上がり、足早に去っていった。
俺に断る隙なんて、最初から与える気がないみたいに。
俺は頭をぽりぽり掻いた。
――そうだ。あの出会いも、たまたまだった。
半月前、俺たちは梨花町にいた。拓哉と妹と、川辺で遊んでいて……そこで、とんでもない光景を見た。
さっきの男。上半身裸で、胸には長い傷痕が走っていた。胸の端から端まで、貫きそうなほどの一本線。
男は真っ赤に焼いた短刀で、腕に残っていた弾をえぐり出した。続けて太ももの弾も。
俺たちは、目の前でそれを見てしまった。
さらに男は、焼けた刃を傷口に押し当てた。
じゅっ――。
獣みたいな悲鳴を上げて、それきり倒れた。
助けよう。そう決めて、俺たちは近所から手押し車を借り、男を秘密基地の草小屋まで運び込んだ。
草小屋はボロいけど、風はしのげるし寒くない。それに、人目につきにくい。
俺はついでに、男が倒れていた場所もできる限り分からないように誤魔化した。
取り出された弾も、俺が土に埋めた。
銃で撃たれた痕なんて、ママに知られたら絶対に面倒ごとになる。だから何も言えなかった。
それから毎日、薬と食べ物を持って様子を見に行った。
男の身体は相当丈夫で、翌日には目を覚ましていた。
でも、草小屋に入るのはいつも拓哉だけだった。俺と妹は外で待てと言われて、中には入れてもらえなかった。
それなのに、さっきの霧島雲の反応を見る限り、男は子どもが三人いたことを知っていた。俺が声をかけた瞬間、すぐ俺だって分かったくらいだ。
正体が気になる。
それに、あのとき男は何も言わずに消えた。俺は何かあったんじゃないかと心配したし、拓哉なんか「礼も言わずにいなくなりやがって」と怒っていた。
ママも、あの数日間、どうして三人で毎日草小屋に行っていたのかを聞いてきた。
俺は本当のことを言わなかった。ママを心配させたくなかったからだ。
運命って、ほんと不思議だ。
胸の奥が、少し温かくなった。
俺は、霧島雲が置いていった財布をそっと開く。中には分厚い札束が詰まっていた。少なく見積もっても20万はある。
それ以外は何もない。
こんな大金、見たことがない。返したいのに、もう姿は見えなかった。追いかけようにも、どっちへ走ればいいのか分からない。
迷子になったら、それこそ終わりだ。
俺は諦め、周囲に誰も注目していないのを確かめてから、財布を服の内側に押し込んだ。
そしてママのいる方へ、全力で駆けだした。
