結婚5周年の記念日に、夫に高速道路で置き去りにされた

結婚5周年の記念日に、夫に高速道路で置き去りにされた

渡り雨 · 完結 · 15.4k 文字

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紹介

結婚5周年の記念日、台風がもたらした豪雨の中、夫の西園寺豊史は「心臓が弱い」という義理の妹のために、私を首都高速道路に置き去りにした。

雨のカーテンの向こうにマイバッハが消えていくのを見つめながら、私は涙一つ見せず、その手で辣腕弁護士に電話をかけた。

後日、西園寺家は破産した。彼は雪の中に跪き、私に復縁を懇願した。交通事故に遭い、死の間際に私の名を叫んだ時でさえも。

そんな彼からの救急要請の電話に、私はただ冷たく言い放った。

「間違い電話です。存じ上げません。」

チャプター 1

 結婚五周年の記念日は、首都高速道路の上で終わりを迎えた。

 車窓を叩く雨は激しさを増し、西園寺豊史のスマートフォンは絶え間なく震えている。車載Bluetoothのモニターに躍る「結菜ちゃん」の三文字が、薄暗い車内で暴力的なまでに明滅していた。

「怜、結菜は昔から心臓が弱いんだ。具合が悪いと言っているのに、見捨てるわけにはいかないだろう」

 西園寺豊史は眉間に深い皺を刻み、私が物分かりの悪い子供であるかのような苛立ちを隠そうともしなかった。

「渋谷の出口はすぐそこだ。ここで降りてタクシーを拾ってくれ。俺は彼女のところに行かなければならない」

 以前の私なら、彼の高級なスーツの袖にすがりつき、泣きながら問い詰めていただろう。隣人の妹分と、結婚して五年の妻と、どちらが大切なのかと。

 この記念日のディナーのためにどれだけの時間を費やしたか、ヒステリックに叫びながら彼に選択を迫ったはずだ。

 だが今、西園寺豊史の端正だが冷酷な横顔を見つめながら、私の心は凪いだ湖のように静まり返っていた。それどころか、乾いた笑いすら込み上げてくる。

 つい数秒前、私のLINEに佐倉結菜から写真が届いたばかりだったからだ。

 写っていたのは、扇情的なレースのランジェリー。

 そして、『豊史お兄さんが今夜、試着に付き合ってくれるの。お姉ちゃん、怒らないよね?』というメッセージ。

 心臓病? はん。

 ただの発情期の間違いでしょう。

「藤崎怜、聞いているのか? 耳が遠くなったわけじゃないだろう」

 沈黙する私に、西園寺豊史はいっそう眉をひそめた。財閥の御曹司特有の、人を圧するような空気が車内に充満する。

「頼むから、こんな時に癇癪を起こさないでくれ。俺は疲れてるんだ」

「分かったわ」

 私はシートベルトを外し、今日の天気の話でもするかのように平然と答えた。

 西園寺豊史は一瞬、虚を突かれたような顔をした。ハンドルを握る手がわずかに強張る。私のあまりの潔さに、予想が外れたのだろう。だが、その驚きもすぐに傲慢な納得へと変わる。

「……頭が冷えたようで何よりだ。家に帰って少し反省するといい。最近のお前は、目に余るほど理不尽だったからな」

 私は傘も持たず、ドアを開けて外に出た。

 瞬く間に暴雨が全身を打ち据える。だが不思議と、頭の中はかつてないほど冴え渡っていた。

 漆黒のマイバッハは一瞬の躊躇もなく、エンジンを唸らせて泥水を跳ね上げ、雨のカーテンの向こうへと消え去った。

 私は非常駐車帯の脇に立ち、顔に張り付く雨水を無造作に拭った。

 昔なら、彼が情けをかけて戻ってくるまで、その場で泣き続けていただろう。もっとも、彼が戻ってきたことなど一度もなかったけれど。

 あるいは、捨てないでと懇願するLINEを何十通も送りつけていたかもしれない。

 けれど今回、私は冷静にスマートフォンを取り出した。

 画面の水滴でタッチ操作が鈍い。

 画面を拭い、トップに固定していた「旦那様」の表示をタップする。迷うことなく固定を解除し、登録名を「西園寺豊史」へと書き換えた。

 そして、アドレス帳の奥底に眠らせていた、一度もかけたことのない番号を呼び出した。

「もしもし、橘弁護士でしょうか? 藤崎怜です。離婚協議書の作成を依頼したいのですが」

 電話の向こうから、低く温かみのある男の声が聞こえた。微かな驚きと、それを包み込むような安らぎを含んだ声。

『藤崎さん? 今、どこにいるんですか? 外は酷い雨でしょう』

「ええ、首都高の路肩よ」

 私は淡々と答えた。

 通話を終え、配車アプリでハイヤーを手配する。

 到着を待つ間、Instagramを開くと、佐倉結菜のストーリーズが更新されていた。

 パテック・フィリップを巻いた西園寺豊史の手がハンドルを握る写真。背景は、雨に濡れた車窓。

『どんな嵐の中でも、私が必要とすれば、お兄ちゃんはいつだって私の騎士様』

 私は無表情で「いいね!」を押し、コメントを書き込んだ。

『雨天時の路面は滑りやすいから、事故死しないように気をつけてね』

 送信を終え、私はスマホの画面を消し、鉛色の空を見上げた。

 西園寺豊史。今回ばかりは、私があなたを捨てる番よ。

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