第1章

亜理亜視点

花崎の豪邸の重い木製のドアを押し開ける。サングラスはまだかけたまま。午後の遅い日差しが、床から天井まである窓から差し込んでいる。制作アシスタントの一人が、あの明るく計算された笑顔で駆け寄ってきた。

「水原さん、ようこそ! 携帯とスマートデバイスをお願いします」

スマホを渡した瞬間、現実感がなくなる。まるで外界との繋がりを断ち切られたみたいだ。たった一週間。SNSも、仕事のメールもなし。どれだけ大変なことなんだろう?

サングラスを外し、リビングルームを見渡す。ふかふかのソファに八人の男女が散らばっている。そして、彼を見つけた。

神崎大和が、暖炉のそばで黒いTシャツとジーンズ姿で座り、金髪の女の子が言った何かに笑っていた。その青い瞳が暖炉の光を捉え、まるで電気を帯びたようにきらめく。

彼の笑顔が凍りつく。ウィスキーグラスが宙で止まる。視線が交差し、彼はすぐに目を逸らした。まるで私が、取るに足らない誰かであるかのように。

バッグのストラップを握る指に力がこもる。つまり、プロデューサーたちは私たち二人をここに呼んだわけね。やれやれ.......

レッドカーペットのために完璧に磨き上げた、プロとしての笑顔を無理やり浮かべる。「初めまして、亜理亜です」

ツイッターに誰かが打ち込む。

『待って、あれって水原亜理亜と神崎大和じゃない?? 👀』

別のコメント。『うわ、今シーズンは荒れそう』

プロデューサーがパン、と両手を打ち合わせた。「素晴らしいわ! これで全員揃ったことだし、自己紹介をしましょう! みんな、輪になって」

私たちはカーブしたソファに腰を下ろす。金髪の子は恵美子と名乗り、リアリティ番組に挑戦中のポップシンガーだという。アスリートのような体格の背の高い男性は、プロスポーツから少し離れたかったと話した。

そして、私の番が来た。

「こんにちは、水原亜理亜です。インディーズ映画に出ています……それと、どうやら今はサバイバル番組にも」

何人かが笑う。私の視線が大和へと飛ぶ。彼は固い表情で、ただ炎を見つめている。

「心配いらないよ、大変なところはスタントダブルを用意してくれるさ」

彼の声は軽く、さりげない。でも、その下に潜む棘を感じ取った。

部屋が静まり返る。恵美子の笑顔がぎこちなくなった。

私は彼のほうへ真っ直ぐに向き直る。「一部の人とは違って、私は自分のスタントは自分でやるの。あら、あなたはそんなこと知らないか」

大和は思う『彼女はまだ、的確に急所を突いてくる』

他のゲストたちは顔を見合わせる。アスリートの男性が誰かに身を寄せ、囁いた。「なあ、俺何か見逃したか?」

プロデューサーの笑みが深まる。この状況を楽しんでいるのが見え見えだ。

大和の番になると、彼は気負いのない自信を漂わせて背中を預けた。「神崎大和。主にアクション映画に出てる。エージェントに、現実と向き合う必要があるって言われてね。それがどういう意味かは知らないけど」

彼は肩をすくめ、はぐらかす。でも、「現実と向き合う」と言った時、彼が私を見たのを私は見逃さなかった。

ネットでは、コメントが爆発していた。

『この緊張感……ナイフで切れるくらいだ』

『元カレ元カノ感がすごい』

『三日目までにくっつく方に五ドル』

プロデューサーが夕食の担当を発表する。「くじを引いてキッチンチームを決めるわよ!」

私はバスケットに手を伸ばし、折りたたまれた紙を一枚引いた。メインディッシュ、パスタ。

「俺もパスタみたいだ」

真後ろから大和の声がした。

心臓が馬鹿みたいに跳ねる。嘘でしょ。

オープンキッチンで、私はまっすぐコンロに向かう。「ソースは私がやる」

大和は腕を組み、カウンターに寄りかかった。「本気か? 前回お前が料理した時、火災報知器が鳴ったぞ」

私の手が凍りつく。彼が覚えている。五年も前、彼のアパートで朝食を作ろうとして、危うく火事を起こしかけたあの朝のことを。

私は声を平静に保つ。「あれは一回だけ。それに、ガーリックブレッドを焦がしたのはあなたでしょ」

彼の眉が片方上がる。「そうね」

彼は玉ねぎを刻み始め、目に涙を浮かべている。考えるより先に、私は彼にペーパータオルを渡した。私たちの指が触れ合う。

大和は動きを止め、タオルを見て、それから私を見た。「……どうも」

体が覚えているだけ。ただそれだけのこと。

一番上の棚にあるオリーブオイルに手を伸ばし、つま先立ちになる。私が何か言う前に、大和の腕が私の肩越しに伸びてきて、そのボトルを掴んだ。あまりに近くて、彼のコロンの香りがする。私がかつて吸い込んでいた、あの香り。

私は硬直する。「届いたのに」

「だろうな」。彼の声には、どこか面白がる響きがあった。

ソースの味見をして、その風味に顔をしかめる。私たちはまったく同時に言った。

「「バジルが足りない」」

空気が止まる。私たちは二秒間見つめ合い、私が慌てて目を逸らした。大和が咳払いをする。

キッチンの向こう側から、恵美子が目を丸くして私たちを見ている。彼女はアスリートの男性を肘でつついた。「ねえ、あの二人って……もしかして……?」

彼はゆっくりと頷く。「絶対、何かあったな」

私たちが完成したパスタを運んでいくと、皆の視線が集まった。

「うわ、これレストランのクオリティじゃん!」アスリートの男性はよだれを垂らさんばかりだ。

大和が私を横目で見る。「まあ、亜理亜は驚きの塊だからな」

私は呆れて目をそらすが、口元は笑みをこらえようと必死だった。

コメントは熱狂していた。

『シンクロしすぎでしょ何これ』

『見もしないでタオルを渡すあの感じ』

『これ、離婚した夫婦の空気感じゃん』

『#AvaDevがもうトレンド入りしてるwwwwww』

その後、私たちは星空の下、ファイヤーピットの周りに集まった。ワイングラスがオレンジ色の炎を反射している。恵美子が「真実か挑戦か」ゲームを提案し、誰かが空のボトルを掴んだ。

最初のスピンは、あのアスリートの男性を指した。恵美子がにやりと笑う。「真実ね。この中で一番キスしたいのは誰?」

彼はためらわずに、まっすぐ私を見つめた。「亜理亜か、あのパスタだな。今夜はどっちも美味しそうだった」

私は笑う。「光栄だけど、パスタのほうが簡単かもね」

でも、大和の手がグラスを握りしめ、指の関節が白くなっているのに気づいた。

彼が思う『俺の目の黒いうちはな』

ボトルは再び回され、今度は大和を指した。

誰かが尋ねる。「真実で。人生最大の後悔は何?」

大和は静かになった。炎が彼の顔に影を落とす。その青い瞳は、まるで答えを探すかのように炎を見つめている。

「戦いもせずに、誰かを行かせてしまったことだ」

私の手からワイングラスが滑り落ちそうになる。息が詰まった。

ええ?私のこと? まさか……誰のことでもあり得る。

そして、ボトルは私を指した。同じ質問。

皆が見ている。大和の視線が、強く、探るように私に突き刺さる。

息を吸い、正直に話すことに決めた。

「愛した人より、自分のキャリアを選んだこと」

沈黙が重くのしかかる。大和の視線が、肌を焼く熱のように感じられた。

そして、自分でも抑えきれずに付け加えた。「でも、たぶんもう一度同じ選択をすると思う」

大和の顔が青ざめる。彼はグラスを一気に飲み干し、唐突に立ち上がった。「ちょっと風に当たってくる」

彼は暗闇の中へ歩いていき、炎の光から消えた。

五年だ。五年経っても、あいつは同じクソみたいな選択をするのか。大和は去りながらそう思う。

彼が行ってしまうのを見送りながら、胸が痛んだ。どうして最後の言葉を言ってしまったんだろう? どうして?

恵美子が同情的な目で私を見ている。アスリートの男性が呟いた。「ヘビーだったな」

ツイッターが大騒ぎになった。

『もう一回同じことするって言っちゃうの、やめてあげて😭』

『彼女がそう言った時の大和の顔……つらすぎる』

『リアリティ番組にしてはリアルすぎるだろこれ』

その後、私は恵美子と相部屋のバルコニーに立っていた。ダイヤモンドのように星が黒い空に散らばっている。

恵美子が隣で手すりに寄りかかる。「ねえ、あなたと大和ってどういう関係なの? 空気がマジですごいんだけど」

「大昔の話よ。一度一緒に仕事したことがあって、終わり方が良くなかったの」

「一緒に仕事?」彼女は眉を上げる。「亜理亜、あなたたち、まるで長年連れ添った夫婦みたいに料理してたじゃない。それに、さっきの後悔の話も。まさか」

夜風が冷たく吹く。私は自分を抱きしめた。

「五年前のこと。私たちは付き合ってた。でも、断れないオファーが来て、彼は私に留まってほしがった。だから、私は去ったの」

「後悔してる?」

「毎日ね」。私の声はほとんど囁き声だった。「でも、築き上げたキャリアは後悔してない。私って、ひどい人間なのかな?」

彼を傷つけたことは後悔している。でも、自分自身を選んだことは後悔していない。それって、自己中なのかな?

一方、大和は自分のバルコニーに立ち、震える手でタバコに火をつけていた。彼も同じ星空を見上げている。

あいつは同じ選択をするだろう。五年経っても、何もかもが終わった後でも……あいつは俺たちより自分のキャリアを選ぶんだ。

彼は自嘲気味に笑う。「何を期待してたんだ、神崎? あいつが戻ってきて、全部間違いだったなんて言うとでも思ったか?」

彼は五年前のあの日を思い出す。「つまり、お前のキャリアは俺たちより大事ってことか?」と彼は彼女に尋ねた。「私に選ばせないで!」と彼女は叫んだ。「答えは出たみたいだな。行けよ」。彼は背を向け、歩き去った。心が粉々に砕け散るようだった。

そしてその翌日の夜、酔ってボロボロの状態で車に乗り込んだ。どこからともなく現れた木。病院で目覚めると、背骨に激痛が走り、二ヶ月のリハビリが待っていた。

もし彼女が知ったら……いや。知られてはいけない。同情なんていらない。

二人の頭上で、同じ星々が見守っている。こんなに近くにいるのに、その距離は無限に感じられた。

コントロールルームでは、制作アシスタントたちが眠る出演者たちを映すモニターを凝視している。チーフプロデューサーは亜理亜と大和のそれぞれのカメラ映像を見ながら、満足げに微笑んでいた。

「フェーズ1は完璧だったわ。あの二人のケミストリーは、期待以上ね」

別の声が無線からノイズ混じりに聞こえる。「視聴率は天井知らずです。#AvaDevが世界トレンドに入りました」

彼女は腕時計を確認する。「時間ね。フェーズ2は0400時に開始」

「了解。鎮静剤と輸送ボートは準備完了です」

スタッフたちが手慣れた静けさで豪邸の中を移動していく。彼らは手袋をはめ、特殊な機材を運んでいる。波止場では、補給品を積んだボートが暗闇の中で待機していた。

まだ視聴を続けていたネットの視聴者たちが必死に打ち込む。

『待って何』

『鎮静剤!?!?!?!』

『うわ、この番組、とんでもないことになりそう』

プロデューサーの声が、無線を通して最後に響き渡る。

「本当の番組を始めましょうか」

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