第2章
三ヶ月前の雨の日、私は匿名のアニメ掲示板で、見覚えのあるユーザーネームが立てたスレッドを偶然見つけた。
それは伊藤尚久がいつも使っているIDだった。彼はおそらく、私がこのアカウントを知っていることを忘れていたのだろう。
一年前に立てられたそのスレッドを開いた瞬間、私の心は一気に冷え切った。
「彼女をもう愛していない」
伊藤尚久はスレッドにそう書き込んでいた。
「付き合って七年になる。あの日、夜遅く家に帰ると、彼女はまだ仕事机に向かって原稿の締め切りに追われていた。目は血走り、酷い隈ができていて、髪は鳥の巣みたいにボサボサだった。俺に気づくと、彼女は無理に元気を出して腹は減ってないかと聞いてきた。その疲れ果てた姿には本当に興醒めした」
「その時ふと気づいたんだ。俺はもう彼女を愛していない。彼女はかつて俺の女神で、二年かけてあらゆる手を使ってやっと手に入れた相手だったのに。たった数年で、どうしてこんなにだらしなくなってしまったんだろう」
「でも、別れたくはない。彼女のキャラクターデザインは業界で人気があるし、俺のプロジェクトにとって有利だから」
画面上の文字は一本の刃物のように、私と伊藤尚久の間に残っていた最後の感情の繋がりを、跡形もなく断ち切った。
この一年余りを振り返ってみると、伊藤尚久は確かに変わっていた。
私のキャラクターデザインに対する修正要求はますます厳しくなり、同じ表情やポーズを何度も何度も描き直させることが常だった。
私はそれを、ただ『青空アニメーション』のプロジェクトのプレッシャーが大きいせいだと思い込み、その裏にこんな心理が隠されているとは夢にも思わなかった。
ある日まで、伊藤尚久は突然、橘由豊を連れて家に食事をしに帰ってきた。
彼は何気ない様子で紹介した。
「会社の新しい原画マンだ。家の飯でも食わせて、ついでにプロジェクトの話でもしようと思ってな」
橘由豊は慣れた手つきで私たちのキッチンで皿を並べるのを手伝いながら、私に笑いかけた。
「あなたが友佳子先輩ですよね。尚久さんが先輩のデザイン稿を修正しているのをよく見ています」
彼女の口調には明らかな挑発が込められており、まるで主権を宣言しているかのようだった。
帰宅後、私は高橋夢子を通じて橘由豊の情報を手に入れた――二十二歳、甘いルックスに情熱的な性格。
「あの子、あなたに比べたらどこもかしこも劣ってるわ」
夢子は私を慰めてくれた。
「唯一の強みは『新鮮さ』だけよ」
その瞬間、私は自分が「もうすぐ二十八歳になる」という事実に不意に気づかされた。私はもう若くなく、良い肌やコンディションを維持するためには多くの時間を費やさなければならない。
二十二歳の頃は、たとえ徹夜で原稿を描いても、翌日はまだ元気溌剌としていられたのに。
しかし、あのスレッドを見た後、私は問題の根源が橘由豊にあるのではなく、伊藤尚久にあるのだと理解した。彼はもう私に飽きていて、今も恋人関係を維持しているのは、私をキャリアの踏み台として利用しているに過ぎないのだ。
そうと分かってから、その後のある口論の最中に、私は別れを切り出した。
「何、我儘言ってるんだ?」
伊藤尚久は眉をひそめた。
彼は引き留めるどころか、命令するように言った。
「とっととデザイン稿を修正しろ。お前がどこへ行こうと俺の知ったことじゃない」
私は思わず涙を流した。彼はひどくうんざりした様子で、まるで私の感情が彼の時間を無駄にしているだけだと言わんばかりだった。
数日後、私が資料を取りに制作スタジオへ戻った時、偶然にも伊藤尚久と同僚の会話を耳にしてしまった。
「友佳子を引き留めること考えないのか? 長年愛し合ってきた仲だし、それに青空の作画には彼女の助けが欠かせないだろ」
と同僚が尋ねた。
「フン、むしろ本当に別れてくれた方が好都合だ。そうすりゃ橘由豊と一緒になれる」
伊藤尚久の口調は冷酷だった。
「あいつにはとっくに何の感情もない。ただ、あいつのデザインがプロジェクトに価値があるだけだ」
「万が一、本当に彼女が出て行ったらどうする?」
「友佳子は出て行かない」
伊藤尚久は極めて断定的に言った。
「あいつはベッドじゃ情熱の欠片もないんだ。耐えられる男なんていやしない。俺だけだ。だから安心しろ、俺から離れていくはずがない」
それを聞いて、私は全ての原稿とデザイン資料を回収し、きっぱりと『青空アニメーション』のプロジェクトから抜けた。
別れたという事実は、伊藤尚久と彼の同僚だけが知っていた。
この三ヶ月間、伊藤尚久は橘由豊を連れてアメリカのANIME EXPOに参加し、ソーシャルメディアで二人の関係をこれ見よがしにアピールしていた。
一方、私は自分のスタジオで創作に集中し、いくつかの独立したアニメプロジェクトのキャラクターデザインを完成させ、さらには実家から勧められた見合いの話まで承諾した。
そして今日、クラス委員長から私と伊藤尚久に同窓会の招待状が送られてきて、ようやく伊藤尚久と連絡を取ることになったのだった。
