第5章

小林美咲は高橋信二の言葉を聞いて驚き、高橋が佐藤健に何かしたのではないかと思った。

「彼に何をしたの？」

小林美咲は怒りに満ちた目で高橋信二を見つめた。

高橋信二はデスクの後ろから歩み出て、小林美咲の前に立ち、冷たい視線で彼女を見下ろした。

今回、小林美咲は引き下がることなく、首を持ち上げて高橋信二の目をしっかりと見つめ返した。

「彼のことをそんなに心配しているのか？」

高橋信二の目には怒りが宿っていた。

「彼はただ私が寒そうだからマフラーをくれただけよ。こんなことで無実の人に怒りをぶつけないで欲しいの！」

小林美咲は大声で叫んだ。その叫びには、長年の辛さが込められていた。

高橋信二の目に一瞬の戸惑いが過ぎり、すぐに底知れぬ怒りへと変わった。

彼は小林美咲の首を掴み、鋭い眼差しで彼女を睨みつけた。

「お前の全ては俺のものだ。結婚も、恋愛も、そして将来の出産権もな」

「もしあなたがこんなことで他人に怒りをぶつけ続けるなら、あなたが手に入れるのは死体だけよ！」

小林美咲は今回完全に開き直っていた。彼女は未来の罰を恐れず、ただ無実の人々を守りたかった。

高橋信二は深く息を吸い込み、内なる怒りを抑えようとしているようだった。

「何もしてない。彼は国外に行っただけだ」

高橋信二はそう言って、小林美咲の首を離した。

佐藤健の安全が確認できて、小林美咲はようやく安堵のため息をついた。

そして小林美咲は黙ったまま高橋信二を見つめ、彼が次に何を言うのか聞こうとしていた。

彼女はこの男がただそれだけを伝えるためにここにいるはずがないことを知っていた。

「今夜、俺の部屋に来い。待っている」

高橋信二の言葉に、小林美咲の表情が一瞬で変わった。

いつかそんな日が来ることはわかっていたが、実際に起ころうとしていると、彼女の心臓は激しく鼓動した。

小林美咲は高橋信二の書斎をどうやって出たのか覚えていなかった。彼女は操り人形のようにぼんやりと階段を下りていった。

山田さんは彼女のためにハンドクリームといくつかの食事を用意していた。

「手にひび割れがあるのを見たんです。これは若旦那様が私に準備するよう言ったものです。それと、この薬も」

山田さんは薬の袋を小林美咲に手渡した。

小林美咲はその薬袋を見て、学生時代に佐藤健が彼女の咳を見て、保健室から薬を買ってきてくれたことを思い出した。

小林美咲はこれらの薬を見ただけで、佐藤健が彼女にくれた薬が高橋信二によって捨てられたことを悟った。そしてこれらの薬はむしろ彼の施しのように思えた。

「若旦那様は実はとても気にかけてくださっているんですよ。あなたが頭を下げて謝れば、何でも聞いてくださると思います」

山田さんはまだ高橋信二の良いところを語っていたが、小林美咲にはもう彼女が何を言っているのか聞こえなかった。

今の小林美咲の頭の中は、夜の高橋信二にどう対応するかでいっぱいだった。

山田さんのおしゃべりに、小林美咲はただ耳障りに感じるだけだった。

「もういいわ、山田さん。わかったから。私は寝に戻るわ」

小林美咲は山田さんの手から薬袋を奪い取り、物置部屋へと走って戻った。

夜になり、別荘の灯りはすべて消え、全員が眠りについた。別荘全体が静けさに包まれていた。

しかし、物置の扉がゆっくりと開き、小林美咲は一歩一歩、二階にある高橋信二の部屋へと向かった。

小林美咲の歩みはとても遅く、彼女は緊張して手を強く握りしめていた。しかし、どれだけゆっくり歩いても、いつかは目的地に到着するものだ。

小林美咲が高橋信二の部屋のドアの前に着いた時、彼女の手がドアをノックしようとした瞬間、ドアが突然開いた。

高橋信二は夜なのにドアに鍵をかけておらず、まるで彼女を待っていたかのようだった。