第14話

黒い迈巴赫が夜の端へ溶けるように消えた瞬間、晴香の胸の奥がすうっと空っぽになった。

「晴香、大丈夫だ。あの狂った奴、ようやく帰った」

頭上から降ってきた淵の声は、いつも通り穏やかで、甘ったるいほど情が深い。

晴香ははっと我に返った。腰に回された腕が、胃の底をぐらりと掻き回す。さっきまでの激痛さえ霞むほどの吐き気。

どこから力が出たのか、自分でも分からない。晴香は手を振り上げ、淵の頬を叩いた。

パァン、と乾いた音。

騒がしい夜間救急ロビーの出入口で、その一撃だけが不自然に甲高く響いた。

淵の目が一瞬で冷えた。どす黒い陰が走る。

けれど次の瞬間には、彼はまた優しい仮面を貼り直して...

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