第5章
「お願いです、栞を許して……あの子はわざとじゃない……命で償うなら、私の命を……!」
吉川秀美の甲高い声が突き刺さる。
「あなたの命? 何の価値があるのよ! あんたの娘が私の娘を殺した。一命償うのが筋でしょ!」
相沢栞は硬直した。
吉川柔香は自分の妹だ。いつから吉川秀美の娘になった?
「吉川秀美、でたらめ言わないで!」母の声は崩壊寸前だった。
「でたらめ?」
吉川秀美はさらに得意げに笑い、一歩踏み出して母の耳元へ身を寄せる。声は潜めていたが、一言一言が刃のように残酷だった。
「相沢家が潰れたとき、あんたの旦那――吉川建二は財産を全部私名義に移して、私と逃げたのよ。あんたが守ってるのは空っぽの抜け殻。ああ、そうそう、もう一つ言い忘れてたわ」
彼女は言葉を切り、母の青ざめた顔を楽しむように、最も残酷な秘密をゆっくりと吐き出した。
「吉川柔香は、私と吉川建二の実の娘。で、あんたの子は――生まれてすぐ私が捨てた。死んだか生きてるか、誰が知るの?」
――世界が爆ぜた。
取り違え、駆け落ち、負債。すべての真実が血塗れで暴かれる。
自分は偽物のために、仇の娘のために、殺人の罪を背負い牢へ落ちようとしている。
馬鹿げている。笑うしかない。
「……そんな……」
母は崩れ落ち、首を振るだけで言葉にならない。
「連れて行け」神谷洲がようやく口を開く。淡々と、波風ひとつ立てずに。
護衛がすぐさま進み出て、崩れ落ちた母を引き起こし、乱暴に車へ押し込む。
相沢栞は見ていることしかできなかった。叫び、窓を叩き割って飛び出したかったが、手首の冷たい手錠が、すでに囚われの身である現実を突きつける。
……
法廷は厳粛だった。
相沢栞は囚人服で被告席に立ち、顔は灰色。
もう受け入れていた。
母は神谷洲の手の中。願うのはただ、自分が死刑になり、命と引き換えに母が平安であること。
検察官が起訴状を読み上げ、彼女の「罪」を並べ立てる。
相沢栞は目を閉じ、自分で署名した自白書が提出され、辱めの杭に打ちつけられるのを待った。
――だが、いつまで経っても、最重要証拠が出てこない。
傍聴席最前列の神谷洲は、冷たい顔のまま相沢栞を見ていた。
深い、底の見えない眼差しで。
自白書を出していない。
なぜ?
最後の情けなのか、別の地獄の始まりなのか。
相沢栞には分からなかった。
やがて判事の槌が落ちる。
「被告人相沢栞、傷害罪成立。有期懲役三年に処す」
三年。
誰もが少し意外そうだった。
審理が終わり、相沢栞は連行される。
傍聴席を通ると、駆けつけた母の姿が目に入った。涙がとめどなく零れ落ちている。
「栞!」
「お母さん」相沢栞は足を止め、人混み越しに無理やり笑った。「待ってて。三年なんてすぐ。身体を大事にして。出たら一緒に……妹、もしくは弟を探そう」
母は口を押さえて泣き崩れる。
神谷洲は最後まで相沢栞を見なかった。ただ立ち上がると、傍らの新谷岩へ淡々と言う。
「刑務所に話を通せ。特別扱いは不要だ」
「特別扱いは不要」
その言葉は、場所によっては、彼女を好きに踏みにじっていいという通行証になる。
……
女子刑務所。
重い鉄扉が「ガン」と閉まり、最後の光が断たれた。
湿って薄暗い房に入ると、十数の視線が一斉に相沢栞へ突き刺さる。珍しい玩具を値踏みする目。
屈強で脂ぎった女が爪楊枝を咥え、上段から飛び降りてくる。相沢栞の前に立ち、その頬を軽く叩いた。
「新入り? けっこう可愛いじゃん」
この房のボス――坂本だ。
相沢栞は黙って目を伏せた。
「へえ、気が強い?」坂本は嗤い、周囲へ合図する。「教えてやれ、ここのルール」
女たちがすぐさま進み出て、両脇から相沢栞の腕を掴む。
胃がまた鈍く痛み出し、抵抗する力もないまま、あっけなく引きずられた。
「何するの……」
「何って?」坂本の笑みは悪意で満ちていた。「金をもらって『面倒見ろ』って言われてんの。まずは便所で頭冷やせ」
言い終わるや否や、相沢栞は狭く汚いトイレの個室へ押し込まれた。
「バン!」
外から鍵がかかる。
音が遮られ、錆びた水滴の音と、次第に荒くなる自分の呼吸だけが響く。
狭い空間に黴と汚物の匂いが混ざり、吐き気がした。
相沢栞は冷たい扉にもたれて座り込み、波打つような胃の激痛に耐える。
身を丸め、膝に顔を埋めた。
神谷洲――
その名が胸を転がる。愛ではない、鋭い痛みだけ。
「特別扱いは不要」
あの言葉が、見えない焼き印のように彼女の運命に刻まれている。
これがただの始まりに過ぎないことは、分かっていた。
どれほど経ったのか、鍵が「カチャ」と開いた。
坂本の顔が覗き、苛立たしげに扉を蹴る。
「死んでない? 死んでないなら出て働け!」
相沢栞は壁に手をつき、ふらつきながら立つ。脚はすでに痺れていた。
その日から、彼女の刑務所生活は「特別扱いは不要」の最も詳細な解説になった。
最も汚く重い仕事はすべて相沢栞へ。
全員の臭い靴下を洗い、落ちない便器を磨き、油ぎった床を雑巾で拭く。
食事のとき、彼女のわずかな白飯と茹でた白菜は、いつも「うっかり」落とされるか、露骨に奪われた。
皆が食べ終えた後、残飯をかき集めて胃へ流し込むしかない。
だが胃は限界だった。食べるたび激痛が走り、夜は硬い寝台で丸まり、冷汗が薄い囚衣を濡らした。
周囲は同情しない。それどころか笑い声が飛ぶ。
「また可哀想ぶってる」
「人殺しのくせに、ここに来てまでお嬢様気取り?」
相沢栞は言い返さず、泣きもしない。
黙って耐える。音もなく。
その姿が、坂本の癇にさらに障った。
季節は冬へ。
房は暖房もなく、冷たく湿った氷窟のようだった。
