私が死んだのは、あなたが苦しむためだ

私が死んだのは、あなたが苦しむためだ

渡り雨 · 完結 · 19.9k 文字

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紹介

その夜、私は十数人の男たちに駐車場の片隅へと引きずり込まれた。

目を覚ました時、私の両手は潰され、両足は動かなくなっていた。

事故だと思っていた。私の実の兄と婚約者の会話を耳にするまでは――

「あのチンピラども、手加減を知らなかったが、結果的には好都合じゃないか?今回の賞は、眞由美(まゆみ)のものに違いない。」

眞由美。我が家に引き取られた、あの「哀れな妹」。

十二年間、彼女は私の論文を、私の推薦枠を、私の栄誉を奪い続けた。そして、私が最も信頼していた二人の男が、自らの手でその全てを彼女に捧げていたのだ。

彼らは私を我儘だと言い、物分りが悪いと言い、彼女に譲るべきだと言った。

彼らは信じてさえいた――十二年前、両親の命を奪ったあの大火事は、私が放ったのだと。

けれど、真実は違う。火を放ったのは、眞由美。あの日、火の海から二人を必死で引きずり出したのは、この私。

彼らは命の恩人を勘違いし、十二年間も信じる相手を間違え続けた。

そして今、彼らは私の死を望んでいる。

ならば、その望み通りに。

チャプター 1

 その夜、手術を終えたばかりの私は、十数人の男たちによって駐車場の隅へと引きずり込まれた。

 拳、鉄パイプ、ナイフ。

 目が覚めたとき、私は病院のベッドの上にいた。

 両手の神経は断裂し、二度とメスを握ることはできない。

 脊髄損傷による下半身不随。余生を車椅子の上で過ごすことが確定した。

 兄の雄也は目を真っ赤にして、犯人たちを地獄の果てまで追い詰めると言った。婚約者の秀樹は震える手で私の手を握りしめ、世界最高の医療チームを探すと誓った。

 私は彼らを見つめながら、心の中でこう思った。大丈夫、と。

 たとえこんな体になっても、私には兄がいる。婚約者がいる。

 この世で一番私を愛してくれる二人がいるのだから。

 しかし一週間後、車椅子を押して階段の踊り場を通りかかったとき、聞き覚えのある二人の声が耳に飛び込んできた。

「正気か?」

 これは……秀樹の声だ。

「ただ学術発表会に出られないようにするだけの話だったはずだろ。美紀子の手まで廃人にするなんて!」

 車椅子を押す手が止まった。

 心臓が早鐘を打ち、耳鳴りが頭の中で響き渡る。

 次の瞬間、雄也の声が漂ってきた。

「あのチンピラども、加減を知らないからな。だが、結果オーライだろう? これで今回の脳神経外科学術大賞は、間違いなく眞由美のものだ」

 全身の血液が、瞬時に凍りついた。

「しかし……」秀樹の声には迷いがあった。

「しかしも何もない」雄也が遮る。

「美紀子は令嬢だ。小さい頃から甘やかされて育った。俺は実の兄で、お前は婚約者だ。俺たちが守ってやれば、後半生が不自由だろうと惨めな思いはさせない」

「だが眞由美は違う」彼は一呼吸置いた。

「あの子は養女で、ずっと肩身の狭い思いをしてきた。今、あの子はどうしてもあの賞を欲しがっている。だが美紀子が優秀すぎて邪魔なんだ。追い詰められたあの子が頼れるのは俺しかいない。誰にもあの子の邪魔はさせない」

 秀樹が長く息を吐く音が聞こえた。

「わかったよ」彼の声には諦めが混じっていた。

「美紀子は毎日痛みで眠れていないようだ。医者に言って、一番強い鎮痛剤を使わせてやろう」

 足音が遠ざかっていく。

 あたりは死のような静寂に包まれた。

 私は車椅子の上で、風に吹かれる枯れ葉のように震えていた。

 あの日の襲撃は、事故ではなかった。

 私が最も信頼していた二人が、周到に計画したものだったのだ。

 口を開き、叫ぼうとした。泣き叫びたかった。だが悲憤と絶望が喉元までせり上がり、漏れ出たのはただの嗚咽だけだった。

 わからない。

 雄也は私の実の兄だ。両親が亡くなってから、この世で唯一の肉親だった。

 秀樹は私の婚約者だ。一生私を守ると誓ってくれた人だった。

 それなのに、彼らは……。

 彼らは自らの手で私を壊した。

 たった一人の養女のために。


 十二年前のことを思い出した。

 あの大火事は私の両親を奪い、そして三田地眞由美をもたらした。

 彼女の両親も私の両親と共に亡くなった。有山家は彼女を養女として迎え入れた。

 初めてリビングに立った彼女が、怯えた様子で私を「美紀子」と呼んだのを覚えている。

 私は一番のお気に入りだった人形を彼女に渡し、愚かにもこう思ったのだ。よかった、妹ができた、と。

 この「可憐な」妹が、私の人生における最大の災厄になるとも知らずに。

 最初は些細なことだった。

 眞由美が父の形見であるアンティークの陶器を割ったのに、目を赤くして私がやったと言ったこと。

 眞由美が私の論文を紛失したのに、涙目でうっかりしていたと言ったこと。

 そのたびに、雄也は眉をひそめて私に言った。

「美紀子、いい加減にしろ」

 秀樹も眉間を揉みながら私を諭した。

「眞由美もわざとじゃないんだ。お前が譲ってやれ」

 やがて事態は常軌を逸していった。

 私が三ヶ月徹夜して書いた論文が、発表時には眞由美の名前になっていた。

 私が勝ち取った海外研修の枠に、最終的に行ったのは眞由美だった。

 自分のものであるはずの全てが、ゆっくりと眞由美に奪われていくのをただ見ているしかなかった。

 何が一番滑稽かって?

 私は本当に、自分が至らないせいだと思い込んでいたことだ。

 今日この日まで、私は気づかなかった――。

 最初から最後まで、私が大切にしていたものはすべて、最も信頼していた二人によって、眞由美の目の前に捧げられていたのだと。

 あの踊り場の陰でどれくらい座り込んでいただろう。

 こんな体になった自分が、これ以上生きていく理由がわからなかった。

 両手は動かない。両足も麻痺している。

 唯一信じていた肉親と愛する人は、私を地獄へ突き落とした張本人だった。

 目を閉じると、屋上の手すりが脳裏に浮かんだ。

 もしかしたら……あそこから飛び降りれば、全てが終わるかもしれない。

 その時、ポケットの中の携帯電話が鳴った。

 画面には見知らぬ番号が表示されている。

 しばらく見つめていたが、結局通話ボタンを押した。

「有山様ですね」電話の向こうからは穏やかな男の声がした。

「我々はアズラ研究所です。あなたの境遇については伺っております。もしよろしければ、我々のところへいらっしゃいませんか?」

 私は笑った。笑いながら、涙がこぼれ落ちた。

「今の私はただの廃人です。そちらにご迷惑をおかけするだけでしょう」

「いいえ」相手の声は静かで、確信に満ちていた。

「我々はあなたを生まれ変わらせることができます。再びメスを握らせ、再び立ち上がらせることができるのです」

 心臓が大きく跳ねた。

 数秒の沈黙。

「ただし条件があります。研究所に入った後は、過去との繋がりを完全に断っていただきます。いかなる親族、友人とも連絡を取ることはできません。対外的には――有山美紀子は死んだものとして発表します」

 死。

 病室の天井を見つめながら、ふと、その言葉が恐ろしいものではないように感じられた。

 有山美紀子。

 有山家の令嬢。雄也の妹。秀樹の妻。

 二十八年間愛され、そして粉々に踏みにじられた女。

 彼女は確かに、死ぬべきなのだ。

「わかりました」自分の声が、まるで他人のことのように冷静に響いた。

「お受けします」

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さらに婚約者は私をゴミのように捨て、その日のうちに『本物』であるあの子にプロポーズした。

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だって彼らは、私の【本当の顔】を何一つ知らないのだから。

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そして――彼らの全財産すら小銭に思えるほどの『真の巨大財閥の後継者』であることを。

今さら元婚約者が土下座で許しを請おうと、本物の娘が嫉妬で狂いそうになろうと、もう遅い。
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