第3章

「リリアン、本当に全財産を投じるつもりか?」

ソウルは手にしていた羊皮紙のリストを下ろし、心配そうに私を見つめた。

「それは、あまりにも大きな賭けだぞ」

私は静かに頷き、決意を宿した瞳で従兄を見返した。

「従兄様、わたくしは勝算のないことには手を出しませんわ」

ソウルはしばし沈黙し、やがてその琥珀色の瞳に感嘆の色を浮かべた。

「リリアン、君のその勇気には敬服する。そこまで言うのなら、託された期待には必ず応えよう」

彼の誠実な眼差しに、胸に温かいものが込み上げてくる。前世の私はあまりにも臆病で、心から向き合ってくれる人々を大勢失ってしまった。今回は、二度と同じ過ちを繰り返したりはしない。

『生まれ変わったからには、シナリオの流れを変えて、思う存分やり遂げてみせる』

私は心の中で静かに誓い、袖口に付けた銀狐のブローチを指でそっと撫でた。

『ご主人様、今回の行動でレイン様の好感度は大幅に上昇しますが、ヴィクトリア様の友好度はさらに低下します』

ミルの声が、脳内で小さく囁いた。

私は、ふっと口の端を吊り上げた。ヴィクトリアの友好度など、私にとって何の価値もない。彼女はとっくの昔に、私と敵対する道を選んだのだから。

三日後、ローゼンベルク邸は婚約祝賀の返礼訪問の日を迎えた。

ベアトリス夫人が用意してくださった贈り物はあまりに豪華で、二台の馬車でも精巧な魔法道具や貴重な典籍を積みきれないほどだった。私たちの車列が堂々とローゼンベルク邸に乗り入れると、ヴィクトリアが屋敷の前に立ちはだかっているのが見えた。その整った顔には、あからさまな皮肉の笑みが浮かんでいる。

「妹は今や、ずいぶんとご立派になられたのね」

ヴィクトリアは私の腕にねっとりと絡みつき、鳥肌が立つほど甘ったるい声で言った。

「でも、レイン様はもう北の戦場に向かわれたとか。あそこはとても危険な場所ですものね。万が一にも、何か不測の事態があったら……」

彼女の言葉は極めて婉曲的だったが、その底意地の悪さはこれ以上ないほど明白だった。

私は足を止め、笑っているのかいないのか分からない、絶妙な表情で彼女を見つめた。

「姉様がそのような不遜な口を利かれるとは、スターダスト騎士団を侮っていると受け取られてもよろしいのかしら。スターダスト騎士団は代々、国に身を捧げておいでですわ。姉様のそのお言葉が元老院に伝われば、彼らはこの無礼をどう受け止めるでしょう?」

ヴィクトリアの顔色が、瞬時に真っ白になった。彼女は私がこれほど直接的に反撃するとは、夢にも思わなかったのだろう。

その時、ベアトリス夫人が私のそばに付けてくださった侍女が、静かに魔法の呪文を唱えた。ヴィクトリアの周りの空気が、にわかに重くなる。それは、聖女学院に仕える侍女だけが使う、警告の魔法だった。

目に見えぬ魔法の威圧を感じたヴィクトリアはそれ以上騒ぎ立てることもできず、唇を噛みしめてこの屈辱を飲み込むしかなかった。

魔法庁では、父であるローゼンベルク伯爵が、淡い金髪の若い男性と上機嫌で談笑していた。

エドモン・ヴィス。私の、前世の夫。

彼は精巧な銀縁の眼鏡をかけ、その氷のように冷たい碧眼は学者のような理知を宿し、立ち居振る舞いは優雅で洗練されている。私が入って来るのを見ると、穏やかな笑みを浮かべたまま、軽く会釈した。

「リリアン、こちらに来てエドモン殿にご挨拶しなさい」

父はエドモンにすっかり心酔した様子で、顔を紅潮させながら私に紹介した。

「こちらが宮廷魔法師のエドモン・ヴィス殿だ。ヴィクトリアとの婚約は、我らの一家にとって極めて大きな意味を持つ」

私は恭しく礼をしたが、心は凪いでいた。

前世の記憶が、潮のように押し寄せる。あの完璧に見えた夫、その偽りの優しさ、そして、誰にも知られていないおぞましい秘密の数々。

「エドモン様が生涯わたくし以外は娶らないと誓ってくださったので、安心いたしましたわ」

ヴィクトリアはエドモンの腕に絡みつき、これ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべている。

私はその光景を静かに観察しながら、心の中で冷ややかに呟いた。

『エドモンは確かにその言葉を違えなかった。けれど彼には、もっと知られざる秘密がある』

その秘密を、ヴィクトリアが知ることは永遠にないだろう。

ローゼンベルク邸を辞去する際、門の外に青緑色の豪奢な馬車が一台停まっているのに気づいた。

車内には黒髪に青い瞳の若い男性が座っており、屋敷の方をうっとりと見つめ、その瞳には何か複雑な感情が宿っていた。エドモンが屋敷から出てくるのを見ると、その若い男性の眼差しは、さらに熱を帯びた。

オリバー・ブラック。エドモンの、忠実な助手。

私はすっと視線を外し、これから始まるであろう面白そうな芝居の展開を、よりはっきりと予期した。ある種の真実というものは、常に人々が想像するより残酷なものなのだ。

スターダスト邸に戻ってからの二ヶ月間、私は自らベアトリス夫人に家門の管理運営について教えを請うた。

「リリアン、その心がけはとても良いことですわ」

ベアトリス夫人は、穏やかに私を見つめて言った。

「スターダスト家の奥様たるもの、魔法だけでなく、家門の差配についても心得ていなければなりません」

夫人は私とレインの妹であるルナを一緒に指導し、物資の管理から魔法陣の検分、社交儀礼に至るまで、一つ一つ惜しみなく伝授してくださった。スターダスト家の長兄のお嫁様も、騎士団への補給物資の分配を見学させてくださり、軍需品をいかに合理的に手配するかを教えてくれた。

私は、夢中で学んだ。前世では一度も触れることのなかった知識が、心の中に深く根を張り、力強く芽吹いていく。ヴィス家のような学術的だが実用性に乏しい魔法理論より、スターダスト家の実践的な管理学の方が、はるかに私を夢中にさせた。

『ご主人様、管理スキルが二段階上昇、家族からの好感度も大幅に上がりました』

ミルが興奮気味に、私の学習データを記録する。

『あなたは真のスターダスト家の奥様になりつつありますわ』

ルナ・スターダストは、溌剌として可愛らしい少女だ。銀青色の短い髪は兄のレインと同じだが、彼女の性格はずっと明るく、太陽のようだ。

「義姉様! わたくしが軍馬の乗り方を教えてさしあげます!」

彼女は私の手を引いて厩舎へ向かうと、一頭の雪のように白い軍馬を指差して言った。

「これはレイン兄様が一番可愛がっている星辰の駿馬で、シルバーウィンドって言うんです」

私は少し緊張した。前世の私は、乗馬など習ったことがなかったからだ。しかし、おそるおそる手を差し出すと、シルバーウィンドの方から私に歩み寄り、その頭で私の手のひらを優しくこすりつけてきた。

「えっ? シルバーウィンドがこんなに懐くなんて!」

ルナは驚いて目を丸くした。

「普段はレイン兄様しか近寄らせないのに」

シルバーウィンドの滑らかなたてがみを撫でながら、私は不思議な感応を覚えた。この気高き軍馬は、私の内なる善意を感じ取れるようで、大人しくその身を委ねてくれる。

「義姉様、レイン兄様と本当にお似合いの夫婦ですね」

ルナは、楽しそうに私をからかった。

「兄様の軍馬にまで、すっかり認められちゃうなんて」

その後、私は前世の機械工学の知識を活かして、鞍の設計を改良した。重心の配分を調整し、緩衝用の魔法陣を加えることで、騎乗の快適さは格段に向上し、ルナでさえ絶賛するほどだった。

「義姉様ってすごいですわ! この設計、学院で習うのよりずっと実用的です!」

二ヶ月後の夕暮れ、ルナが慌てた様子で私の部屋に駆け込んできた。

「義姉様、レイン兄様からのお手紙、もう受け取りましたか?」

彼女は、息を切らしながら尋ねた。

私は、きょとんとした。

「手紙?」

「まあ、まだ文箱を見ていなかったんですの!」

ルナは私の手を引いて、屋敷の通信室へと急いだ。

「レイン兄様からの魔法通信、昨日届いていたんですよ!」

通信室には、私の名前が記された文箱の中に、銀青色の封筒が静かに置かれていた。封筒は淡い魔法の光を放ち、そこにはレインの折り目正しい筆跡で『我が妻、リリアンへ、親展』と書かれている。

私は慎重に封を開けた。中には、たった一文だけが記されていた。

『リリアン、夢が現実となることを願う』

便箋の下には、スターフォートレスの魔法徽章が添えられていた。それは、前線にいる将官だけが使用を許される、特別な印だ。

心臓が、激しく脈打ち始める。レインはこれで、私の『予知夢』が現実になったこと、そして、すでに対策を講じたと、私に伝えてくれているのだ!

『ご主人様、レイン様の好感度が大幅に上昇しました!』

ミルが興奮して、私の頭の中でくるくると嬉しそうに回る。

『ゲームのシナリオは、ついに本来の軌道から外れましたわ!』

私は手の中の便箋を固く握りしめた。目に、熱い涙が込み上げてくる。

今度こそ、私は運命の軌道を変えたのだ。スターダスト騎士団はもはや全滅しないし、レインが戦場で命を落とすこともない。前世の悲劇は、永遠に繰り返されることはないのだ。

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