第4章

「リリアン様はご体調が優れず、恐れながらお客様にお会いできる状態ではございません」

侍女はヴィクトリアに対し恭しく一礼し、申し訳なさそうな口調でそう告げた。

ヴィクトリアはスターダスト邸の玄関ホールに立ち、完璧なまでに心配そうな表情を浮かべてみせる。

「まあ、妹の具合がよろしくないのですか? 北の境からあまり良くない知らせが届いたと聞きまして、慰めに参ったのですけれど」

「奥様は確かに少々お加減が悪いようでして、何卒ご容赦くださいませ」

ヴィクトリアはベアトリス夫人の前で目元をそっと指でなぞり、声を詰まらせた。

「ベアトリス様、北の境の戦況は危険に満ちていますわ。姉であるわたくしたちが心配しないわけがございません。可哀想なリリアン、きっととても怖がっているのでしょうね」

数滴の涙が、絶妙なタイミングで頬を伝い落ちる。

「ヴィクトリアは本当に良いお姉様ですこと」

ベアトリス夫人は、穏やかに頷いた。

「リリアンは確かにレインの安否を少し心配しておりましたので、数日休ませることにしたのです」

「では、わたくしはこれでお暇させていただきますわ」

ヴィクトリアは優雅に一礼して別れを告げた。

スターダスト邸の大きな門を出ると、ヴィクトリアの口元は自然と嘲りの形に吊り上がった。

やはり思った通りだ。リリアンというあの気の弱い庶子は、戦争のプレッシャーなど到底耐えられるはずがない。北の境でスターダスト騎士団が包囲されたという報せが届いてから、もう三日が経つ。リリアンはきっと恐怖のあまり、人前に出ることすらできないのだろう。

これこそが、騎士団ルートを選んだ者の哀れな末路だ。

ヴィクトリアが馬車に乗り込もうとしたその時、邸の中から凛とした声が響いた。

「そこの思い上がったお嬢様、うるさいわよ」

ルナの声だ。通信水晶を通して聞こえてくるその声には、侮蔑の色が満ちていた。

ヴィクトリアの顔が、瞬く間に険しくなる。このスターダスト家の小娘め、よくもこれほど無礼な口を!

しかし、ここで騒ぎを起こすわけにもいかず、歯を食いしばって馬車に乗り込むしかなかった。

「出してちょうだい」

馬車がスターダスト邸を離れていく。だが、ヴィクトリアは知る由もなかった。その頃リリアンは、北の境の要塞まで百里もない雪原の上で、ミルと前方の情勢について話し合っていたのだ。

「前方で魔族の活動の痕跡が強まっています。ご注意ください」

ミルは私の肩に乗り、その藍紫色の瞳で警戒しながら周囲を観察していた。

「強烈な魔気の波動を検知いたしました」

私はマントの襟をきつく引き締める。吹き付ける風は骨身に染みるほど冷たいが、心の中ではかつてないほどの決意が燃え盛っていた。

すべては、三日前の出来事に始まる。

それは、ありふれた午後のことだった。私はスターダスト邸の庭で剣術の稽古をしており、ルナが傍らで私の動きを指導してくれていた。

「義姉様、魔力の制御がどんどん安定してきましたね!」

ルナは、興奮して手を叩いた。

「その『星光斬』、もう七割方は様になっていますよ」

私が返事をしようとした瞬間、胸元のスターダストの紋章が、火傷しそうなほど激しく熱を帯びるのを感じた。

これは、レインからの緊急信号だ!

私は足早に部屋へ戻り、通信水晶を取り出す。水晶の中にレインの姿が映し出されたが、映像はひどく不鮮明で、明らかに信号が弱い。

「リリアン……北の境の要塞が包囲された……補給線が断たれ……長くは、もたない……」

信号は途切れ途切れで、レインの声はひどく疲弊しているように聞こえた。

私の心臓が、警鐘のように激しく脈打ち始める。

「レイン! どこにいるの? 状況はどうなの!」

「魔族の数が……予想を……ベアトリス様に……伝えて……」

通信は、そこでぷつりと途絶えた。

私は光を失った水晶を握りしめ、微かに震える自分の手を見つめた。いつかこの日が来るとはわかっていたが、いざ直面すると、恐怖と不安が冷たい潮のように足元から這い上がってくる。

だが、それよりも強い感情は、怒りだった。

前世の悲劇を、二度と繰り返させはしない!

十分後、私はベアトリス夫人の書斎の扉をノックした。

「お入りなさい」

ベアトリス夫人は一族の書類を処理していたが、私の表情を見るなり、すぐに手にしていたペンを置いた。

「リリアン、何があったのですか?」

私は深く息を吸い、通信水晶を彼女に差し出した。

「お義母様、たった今レインから緊急連絡がありました。北の境の要塞が包囲され、補給線が断たれたとのことです」

ベアトリス夫人は水晶を受け取ると、その顔から瞬時に血の気が引いた。彼女は素早く魔法を使い、再接続を試みたが、水晶は薄暗いままだ。

「信号が、途絶えていますわね」

彼女は、低い声で言った。

「どうやら、私が想像していたよりも状況は深刻なようです」

私は彼女の前に進み出て、その場に跪いた。

「お義母様、私に考えがございます」

「まさか、北の境へ行くつもりですか」

私は、静かに頷いた。

「はい。わたくしが自ら補給部隊を率いて、北の境の要塞へ向かいます」

「リリアン!」

ベアトリス夫人は、勢いよく立ち上がった。

「あなたが行くには危険が大きすぎます! もしあなたの身に何かあれば、私はレインにどう説明すればいいのです? ローゼンベルク家に、どう申し開きをすれば?」

私は顔を上げ、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お義母様、わたくしが参りますのは、婚約者と生死を共にするためです。もし運命がそのような試練を与えるのであれば、私はレインと共に乗り越えたいのです!」

書斎に、束の間の沈黙が落ちた。

私はゆっくりと口を開き、胸の内に溜め込んでいた言葉を紡ぎ出す。

「お義母様、わたくしは幼い頃から自分の境遇を理解しておりました。庶子である私を、父は政略結婚の道具とみなし、継母は嫡女の地位を脅かす邪魔者として扱いました。私の日常は、冷淡と無関心に満ちておりました」

私の声は少し詰まったが、それでも毅然としていた。

「スターダスト家に来て初めて、わたくしは人の温かさというものを知りました。お義母様は私に家事を教えてくださり、ルナは乗馬と剣術を教えてくれました。一族の皆様が、私を本当の家族として見てくださいました。このご恩は、決して忘れません」

『好感度、上昇中です』

ミルが、心の中でそっと囁いた。

ベアトリス夫人は私の前に歩み寄り、優しく私の髪を撫でた。

「おやめなさい。あなたの気持ちは、よくわかっています」

彼女はしばし沈黙し、やがてゆっくりと口を開いた。

「リリアン、あなたのその才能と勇気は、確かにスターダスト家の名を冠するにふさわしいものです」

彼女は私を立ち上がらせ、その表情は荘厳なものに変わっていた。

「約束します。もしあなたが無事に帰還できたなら、私はあなたのために女爵の位を請いましょう。あなたの勇気は、その爵位に値します」

私の目に、熱い涙が滲んだ。

「お義母様……」

「ですが、一人で行かせるわけにはいきません」

ベアトリス夫人は、すでに具体的な手配を考え始めていた。

「一族の衛兵の中から、最も信頼できる騎士を選び、あなたと共に北へ向かわせます」

「キング商会の隊商に紛れて行くことができます」

私は、とっくに用意していた計画を口にした。

「従兄のソウルの商会は、私たちと取引があります。そうすれば、人目を欺けるはずです」

ベアトリス夫人は、頷いた。

「良いでしょう。すぐに手配します」

翌朝早く、スターダスト邸の裏庭に小さな部隊が集結していた。平服に身を包んだ五名のスターダスト騎士、物資や補給品を満載した十数台の馬車、そして私が改良設計した保温装備。

私が最後の物資を点検していると、聞き覚えのある声が響いた。

「俺がいなくて、お前一人でキング商会の隊商を動かせるとでも思ったのか?」

振り返ると、ソウルが馬車から飛び降りてくるところだった。その琥珀色の瞳は、固い決意の光を宿している。

「従兄様? どうして……」

「これは、お祖父様からお前を守るようにと頼まれた約束だからな」

ソウルは私の前に立ち、真剣な面持ちで言った。

「それに、今回の行動は商会とスターダスト家の友好に関わる。俺が自ら護衛しなければ、筋が通らない」

従兄の誠実な表情を見て、私の心に温かいものが込み上げてきた。

私たちの隊商は、ゆっくりと聖都を発ち、一路北を目指した。

北への道のりは、想像を絶するほど過酷だった。

最初の数日はまだ順調で、各町でキング商会の補給部隊が次々と私たちの隊列に合流していった。隊商はますます巨大になり、積載された魔法道具や食料も増えていく。

だが、北の境に入ると状況は一変した。

「また車輪がはまったぞ!」

護衛長が叫び、全員が馬車から飛び降りて、凍てついた泥濘から車を押し始める。

最後の百里の道のりを、私たちは丸四日もかけて進んだ。馬車は魔族の魔気に侵された積雪に絶えずはまり込み、一歩進むごとに大量の体力を消耗した。

「雪橇に切り替えよう」

ソウルが提案した。

「馬車では、この地形は到底進めない」

私たちはやむなく物資の大半を雪橇に積み替え、何度も往復して運ぶ準備を整えた。

「リリアン様、シルバーウィンドにお乗りください」

護衛長が、レインの愛馬を私の前に引いてきた。

「若様の軍馬です。普通の馬より、この寒さによく適応できます」

シルバーウィンドは従順に私の方へ歩み寄り、その頭で私の手のひらを優しくこすった。私がその純白のたてがみを撫でると、不思議な感応が心に湧き上がる。

『この馬のあなたへの好感度は、すでに最高です』

ミルが、興奮して言った。

『きっと、あなたを守ってくれますよ』

私たちが困難な道を進んでいると、前方から異様な物音が聞こえてきた。

髪を振り乱した人影が、よろめきながらこちらへ突進してくる。口からは獣のような唸り声が漏れ、その目は魔気に染まって不気味な赤色に変わり、指からは黒く鋭い爪が生えていた。

「気をつけろ! 魔気に侵された難民だ!」

護衛長が叫んだ。

その難民は、真っ直ぐ私に飛びかかり、鋭い爪が私の喉元を狙う。

閃光一閃、護衛の魔法剣が難民の腕を斬り落とした。

黒い血が雪の上に飛び散り、瞬く間に小さな穴をいくつも腐食させていく。

私は地面に倒れて苦しみもがくその姿を見つめ、複雑な感情が込み上げてきた。彼もかつては普通の人間だったのに、戦争と魔気に理性を奪われてしまったのだ。

「リリアン様、前方の茂みに、もっと難民がおります」

一人の騎士が報告した。

「十数人ほど、いずれも軽度の魔気汚染の症状が見られます」

護衛長は、眉をひそめた。

「迂回すべきです。この難民たちには、もはや救う価値はありません」

「いいえ」

私はシルバーウィンドから飛び降り、魔法道具を積んだ雪橇に向かった。

「私には、改良した浄化の魔法薬があります。初期の魔気汚染なら、緩和できるはずです」

「リリアン様!」

護衛長が、私を止めようとする。

「我々の任務は、一刻も早く要塞にたどり着くことです。ここで遅れるわけにはいきません!」

私は微かに光を放つ薬瓶を数本取り出し、毅然として言った。

「これは私が改良した魔法の処方です。初期の魔気汚染なら、緩和できます。出会ってしまった以上、見殺しにはできません」

難民たちは、茂みの中で身を縮こまらせていた。老人、女性、そして数人の子供たち。彼らの肌は不健康な青紫色をしていたが、瞳にはまだ、かろうじて理性の光が残っていた。

私は一人ひとりに薬を配り、彼らの顔色が正常に戻っていくのを見て、心に一筋の安堵が広がった。

「リリアン」

ソウルが、私のそばに来た。

「お前は隊を率いて先に行け。俺がここに残って、この難民たちの面倒を見る。少し回復したら、後を追うから」

私は彼に感謝の視線を送り、言った。

「従兄様、多大なるご助力、心より感謝いたします!」

そう言って、馬に飛び乗る。

シルバーウィンドは私を乗せて雪原を駆け、その後ろを護衛の部隊がぴったりと追走した。

北の境の要塞に近づくほど、魔気はますます濃くなっていく。

骨身に染みる寒風には不気味な魔法の波動が混じり、一呼吸するごとに、まるで毒を飲み込んでいるかのようだ。私は歯を食いしばり、魔気に侵される痛みが全身に広がるのを、必死に耐え忍んだ。

『魔力値、下降中です』

ミルが、絶えず警告する。

『防御魔法の起動を推奨します』

『もう一息よ』

私は、心の中で応えた。

『もうすぐ、着くから』

ついに、遠方に高い城壁の輪郭が現れた。

北の境の要塞!

だが、私たちを迎えたのは友軍の歓声ではなく、風を切って飛来する一本の矢だった。

「停止せよ! 身分を名乗れ!」

城壁の上から、警告の叫び声が響く。

私はシルバーウィンドの手綱を強く引き、叫んだ。

「わたくしはリリアン・デ・スターダスト! スターダスト騎士団団長、レイン・スターダストの妻です!」

私の声は、広大な雪原に力強くこだました。

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