第2話 離婚したい

裏切りという行為そのものが、浮気という事実以上に私の心を抉った。小野七海は、うちのキッチンテーブルに座り、シングルマザーとしての苦労を涙ながらに訴えてきたのだ。私は彼女の話に耳を傾け、親身になり、彼女のためにあちこちに電話をかけ続けた。その親切が、こんな形で返ってくるとは。

「私はあなたの身元を保証したのよ、七海さん。リーグがコーチ経験のない人間を雇うのを躊躇っていた時、私が個人的にあなたを推薦したの」

「美由紀さん、お願い、分かってほしい——」

「何を分かれって言うの? あなたたちが二人とも、息をするように嘘をつく人間だってこと?」

水野大輔が、まだシャツのボタンもろくに留めないまま、庇うように七海の前に立った。

「美由紀、落ち着けよ。少し大袈裟に騒ぎすぎだ」

その言葉で、私の中で何かがぷつりと音を立てて切れた。私は力の限り、彼の胸を突き飛ばした。

「大袈裟? 私が大袈裟ですって? 夫が、私が就職の世話をしてやった相手とセックスしてるところを目撃したのよ!」

大輔が私の手首を掴んだ。骨が軋むほどの力だった。

「彼女のことをそんな風に言うな」

「離して!」

私は腕を振りほどく。爪が彼の前腕を深くひっかき、肌に生々しい赤い筋が残った。

「じゃあ、私が間違ってたって言うわけ? 夫が他の女と抱き合っているのを見つけたら、黙って見なかったふりでもしろって言うの?」

大輔の表情が冷たく硬くなった。

「お前が事を大きくしてるだけだ。ただの肉体関係だよ、美由紀。男には欲求があるんだ」

「欲求? あなたに欲求があるですって? じゃあ、私の欲求はどうなるの? 父親が最低な浮気男じゃない家庭で育ちたいと願う、私たちの子供たちの欲求は?」

「俺は変わらずあいつらの父親だ。そして、変わらずこの家族を養ってる。こんなことで、俺たちの家族が何か変わるわけじゃない」

「すべてが変わるわ! どうしてそれが分からないの?」

「いいか、美由紀。俺はもう、お前が結婚した時のようなしがないコンサルタントじゃないんだ。今は事務所のパートナーだ。俺には選択肢があるし、率直に言って、お前にもある」

全身の血が、すうっと凍りつくのを感じた。

「……どういう意味よ?」

「つまり、成功した男が時々道を踏み外すことを受け入れるか、それとも、八年も前の古い経歴書を引っ張り出して、自分と子供二人をどう養っていくか考えるか。どちらかを選べということだ」

「……脅してるの?」

「現実を教えてやっているだけだ。お前は、娘の恵美が生まれてから一度も働いていない。最後の仕事は、今ではもう存在すらしない会社のマーケティング担当だ。この生活から、そう簡単に抜け出せると思ってるのか?」

「ママ? 僕の水筒、見つかった?」

ドアの外から聞こえた水野健太の屈託のない声に、私は凍りついた。

この光景を、健太に見せるわけにはいかない。大人たちの間で何が起きていようと、九歳の息子に父親の裏切りを目の当たりにさせる必要はない。

「この話の続きは家で」

私は大輔に吐き捨てるように言った。

「二人とも、うちの息子には絶対に近づかないで」

「美由紀、話をややこしくするな——」

「あなたが彼女と事を始めることを決めた瞬間に、とっくにややこしくなってるわ」

私はベンチから健太の水筒をひったくると、無理やり笑顔を顔に貼り付け、ドアを開けた。

「ママ、なんか変だよ。大丈夫?」

「大丈夫よ、坊や。さあ、おうちに帰りましょう」

「パパは?」

「パパは……コーチと大事な話があるの。後で帰ってくるわ」

トヨタの車内で、私はハンドルを握りしめた。指の関節が白くなるほどに、手が小刻みに震えている。

十三年。十三年の結婚生活、二人の子供、そしてこのT市の瀟洒な家。その果てに私が手にしたのが、これだ。ただの浮気じゃない——私が個人的にリーグの事務所に履歴書を持ち込み、仕事を与えてやった相手との、卑劣な裏切り。

ふと、大輔が車の窓に現れ、ガラスをこんこんとノックした。

「美由紀、窓を開けろ。大人なんだから、ちゃんと話し合う必要がある」

私はほんの数センチだけ、パワーウィンドウを下げた。

「大人? 大人はサッカーの用具室でみだらな真似なんてしないわ」

「なあ、状況が悪いのは分かってる。でも、このまま車を出すわけにはいかないだろ。俺たちには責任がある」

「ズボンを下ろす前に、その責任とやらを考えるべきだったわね」

私は吐き捨て、続けた。

「離婚したいわ」

「だめだ。お前一人でその決定を下す権利はない」

「私の人生でもあるのよ、大輔」

「そうか? お前のその生活は、俺のキャリアがあってこそ成り立ってるんだ。住宅ローンは俺の名義だ。お前が医者にかかれるのだって、俺の健康保険があってこそなんだぞ」

「あなたって、本当に最低な男ね」

「俺は、お前のルルレモン狂いや子供たちの私立学校の高い授業料を払ってやる最低な男だ。お前が本当に失うものが何なのか、よく考えろ、美由紀」

腹立たしいことに、彼の言うことは完全に間違っているわけではなかった。私は、子供たちを育てるために、築き上げてきたマーケティングのキャリアを捨てたのだ。最後の仕事は八年も前のこと。このT市で専業主婦でいるということは、私を最も残酷な形で辱めたこの男に、経済的に完全に依存しているということだった。

ほんの一時間前まで、多忙な夫を可哀想に思い、彼がどれだけ懸命に働いているかを案じていた自分が、信じられなかった。

私は無言で窓を閉め、駐車場に立ち尽くす大輔をルームミラーに残して、アクセルを踏み込んだ。

でも、水野大輔は一つ、大事なことを忘れていた。

私はただ、子供たちのためにキャリアを諦めただけの女じゃない。この私が、この町で彼のキャリアを築き上げてやった女だということを。

そして今度は、私が自分の人生を築き上げる番だ。

家に帰ると、娘の水野恵美が宿題から顔を上げた。

「ママ、どうして泣いてたみたいな顔してるの?」

廊下の鏡に映る自分の顔を見た。目は確かに赤く腫れている。だが、その奥には今までになかった何かが宿っていた。もっと硬質で、冷たい何かが。

「泣いてなんかいないわ、愛しい子。ママはただ、人生の勉強をしていただけよ」

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