第3章

小島葵視点

午前一時の電話なんて、ろくなことじゃない。

寝ぼけ眼で携帯を探ると、松本美咲の名前を見て一気に目が覚めた。ルームメイトはみんな熟睡中。声を潜めないと。

「美咲? どうしたの?」

「葵……」声が涙で詰まっていた。「私……私、全部台無しにしちゃった」

すぐに体を起こして、バルコニーに出た。「何があったの? 美術展に行ったんじゃなかったの?」

「うん、行ったよ」美咲の嗚咽がはっきりとしてくる。「美術展はすごく良くて、話もすごく盛り上がったの。彼、思ってたよりずっとアートに詳しくて、私、本当に……」

「本当に、何?」

「彼が私のこと、好きなんだって!」彼女の声には絶望が滲んでいた。「でも、アパートまで送ってくれたとき、彼……ただ……ただ手を振って、帰っちゃったの。キスさえしてくれなかった。葵、私、何か間違ったことしちゃったかな?」

胸がずきりと痛んだ。握手? あの桜井直樹、一体何を考えてるのよ?

「美咲、あなたのせいじゃないよ」私は彼女を慰めた。「きっと何か誤解があるんだと思う。明日、私が何とかするから」

「でも、もし本当に私のこと好きじゃなかったら?」

「信じて。彼はあなたのことが好きだよ。ただ……ちょっと背中を押してあげる必要があるだけ」

電話を切った後、私はすぐに隼人先輩へメッセージを送った。「緊急事態。明日朝、図書館で会えない?」

ほぼ即レスだった。「何時に?」

「午前十時。二階の自習エリアで」

翌朝、私は早めに図書館に着いた。

隼人先輩は時間ぴったりに現れた。グレーのセーターにジーンズというラフな格好だけど、どこか悩ましげな表情をしている。

「その顔つきだと、昨夜のデートはあまりうまくいかなかったみたいね?」私は単刀直入に切り出した。

「直樹は成功したと思ってるよ」隼人先輩は私の向かいに座った。「二時間もアートについて語り合ったって言ってた」

「じゃあ、なんで午前一時に美咲から泣きながら電話がかかってきたわけ?」

隼人先輩の表情が、途端に真剣なものに変わった。「泣いてたのか?」

私は松本美咲から聞いたことのすべてを繰り返した。私が話している間、隼人先輩は無意識に身を乗り出し、私たちの頭がくっつきそうになるくらいまで近づいてきた。

「マジか」彼はこめかみを押さえた。「直樹は、彼女を送っていくことで紳士的に振る舞ったつもりだったんだ。俺はてっきり……」

「紳士だって? ふざけないでよ!」私は声を潜めた。「美咲は、彼が自分に興味がないって思ってるわ」

「考え方の違いだな」隼人先輩は眉をひそめた。「直樹はおそらく、本気で好きな子には、最初のデートでは……そういうことはしないと思っているんだ」

「でも、美咲はそんなふうに思ってないの!」私は彼の言葉を遮った。「もっと分かりやすいサインが必要なの」

「じゃあ、どうする?」

「二人がまた会う機会を作るの。でも、今度も桜井直樹がこんなに鈍感だったら、私が直接乗り出すから」

「グループで勉強する?」隼人先輩の目が輝いた。

「その通り!」

二時間後、私たちは図書館の一階にあるグループ自習室に座っていた。暖色系の黄色い照明が空間全体を心地よく照らしているけれど、雰囲気は明らかに気まずかった。

松本美咲は私の隣に座り、桜井直樹と視線を合わせようとしない。桜井直樹は隼人先輩の隣で、困惑したように緊張した面持ちで座っている。

「さて」私は雰囲気を盛り上げようと試みた。「今日はアートと工学の交差点について議論しようかと……」

「……うん」松本美咲の声が冷たい。

桜井直樹が咳払いをする。「昨日のことなんだけど、言いたかったのは……」

「何も言うことはないわ」松本美咲は彼を遮った。「勉強に集中しましょ」

私と隼人先輩は心配そうに顔を見合わせた。想像以上に状況は悪い。

その後の三十分は、純粋な拷問だった。桜井直樹が話しかけようとするたびに、松本美咲は丁寧だけど冷たく返す。私が会話のきっかけを作ろうとしても、二人とも上の空だ。

「サステナブル建築って、すごく面白いと思うんだ……」桜井直樹が試みる。

「ええ、とても興味深いわね」松本美咲の返事は感情がこもっていなかった。

「この前君が言ってた、あの建築家……」

「忘れたわ」

桜井直樹がどんどん苛立っていくのが、そして松本美咲がますます心を閉ざしていくのが見て取れた。このままじゃ、二人に未来はない。

「ちょっと休憩しない?」私は提案した。

「いいわね」松本美咲はすぐに立ち上がった。「お手洗いに行ってくる」

彼女が出て行くと、桜井直樹はまるで空気が抜けた風船のようだった。「彼女、俺のこと嫌いなのかな?」

「嫌いじゃない」隼人先輩が彼の肩を叩いた。「失望してるんだ」

「俺、何か間違ったことしたか?」

「慎重すぎたのよ」私ははっきりと言った。「女の子が必要としてるのは、紳士じゃない時もある――必要なのは、勇気よ」

桜井直樹はさらに混乱した顔つきになった。

松本美咲が戻ってくると、雰囲気は一層張り詰めたものになった。彼女は自分の荷物をまとめ始め、明らかに帰りたがっている。

「今日はもう終わりにしましょ」彼女は立ち上がった。「このプロジェクト、専攻の違う私たちが一緒にやるのには向いてないのかもしれない」

「美咲さん、待って」桜井直樹も立ち上がった。「俺たち、話すべきだと思う」

「話すことなんて何もないわ」松本美咲の声が微かに震えていた。「明らかに、私たち、この共同作業に対する認識が違うみたいだし」

「共同作業じゃなくて、俺たちのこと……昨日の……」

「昨日の何?」松本美咲は彼の方に向き直った。その瞳には傷ついた色と怒りが浮かんでいる。「昨日、あなたの気持ちはもうはっきりと示されたじゃない」

「そんなつもりじゃ……」桜井直樹は狼狽した。「俺はただ、君を尊重したかっただけで……」

「尊重?」松本美咲の声が大きくなった。「尊重ってどういう意味か分かってる? 尊重っていうのは、正直でいることよ! もし私に興味がないなら、はっきりそう言って。希望を持たせておいて、送ってくれる段になったら他人みたいに扱うなんてしないで!」

そう言い放つと、彼女は鞄を掴んで外へ駆け出した。

桜井直樹は一瞬固まったが、すぐに彼女を追いかけた。「美咲、待って!」

「私たちも追いかけましょ」私はすぐに立ち上がった。

「葵……」隼人先輩が私の腕を掴んだ。

「助けが必要よ!」

「もしかしたら、二人きりになることが必要なのかもしれないぞ」

だが、私はもう自習室を飛び出していた。隼人先輩はため息をつき、私の後についてきた。

私たちは少し離れたところから二人を追い、桜井直樹が松本美咲に追いつくのを見守った。彼らは図書館の裏にある小さな庭園で立ち止まった。そこには大きな桜の木が何本かあり、比較的プライベートな空間が保たれている。

「もっと近くに寄りましょ」私は囁いた。

「近づきすぎるなよ」隼人先輩が警告した。

私たちは、彼らの姿は見えるが、具体的な会話までは聞こえない木の陰に隠れた。見えるのは、二人が激しく身振り手振りをしている様子だけ。松本美咲は明らかに怒っており、一方の桜井直樹は不安と焦燥に駆られた表情をしていた。

松本美咲が何かを言いながら、桜井直樹を指差している。桜井直樹は何かを説明しているが、松本美咲は首を振り、さらに怒ったように見えた。

「彼女、なんて言ってるのかしら?」私は焦って尋ねた。

「分からない。けど、かなり激しいな」

松本美咲が背を向けて去ろうとし、桜井直樹が彼女の腕を掴んだ。彼女はそれを振り払い、何か言葉を二、三投げかけると、桜井直樹の表情はさらに絶望的になった。

「助けに行かないと」私は一歩前に出た。

「ダメだ」隼人先輩が私をぐっと引き戻した。「彼らに時間を与えろ」

「でも、美咲、泣きそうじゃない!」

「これは直樹が自分で何とかしなきゃいけないことなんだ」

松本美咲が手の甲で目を拭うのが見え、私の胸は張り裂けそうになった。桜井直樹は彼女の前に立ち、苦痛と無力感に満ちた表情をしている。何かを言いながら、彼女の顔に触れようと手を伸ばしては、また引っ込めている。

「この意気地なし!」私は歯を食いしばった。

松本美咲が再び去ろうとし始めた。今度は桜井直樹も彼女を掴まず、ただその場に立ち尽くして見送っている。彼女は数歩歩くと、彼を振り返った。その瞳は失望に満ちていた。

その時、予想外のことが起こった。

桜井直樹が突然駆け寄り、松本美咲の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。彼女が反応する間もなく、彼の腕は彼女をきつく抱きしめ、ためらうことなくキスをした。

私と隼人先輩は、二人とも息を呑んだ。

それは優しいキスなんかじゃなかった。桜井直樹は自分の焦燥、渇望、そして絶望のすべてを注ぎ込み、深く、完全に彼女にキスをした。松本美咲は最初、少しだけ抵抗したが、やがて彼の腕の中で力を抜き、その服を強く握りしめた。

「なんてこと……」私は囁いた。

隼人先輩が私の耳元で静かに笑った。「ほらな、だから待てって言ったんだ」

二人のキスは長かった――私が赤面し始めるほどに。ようやく唇が離れた時、松本美咲は桜井直樹の胸に顔を埋め、桜井直樹はまるで彼女が逃げてしまうのを恐れるかのように、きつく抱きしめていた。

「俺たちは行こう」隼人先輩が静かに言った。「二人だけの時間にしてやらないと」

私は頷き、二人で静かにその場を離れた。

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