第5章

写真の中の女性は優しく微笑み、目尻を下げていた。彼は毎日、飽きもせずその写真を眺め、彼女の姿を心に刻み込んでいた。

目の前にいるこのおばさんは笑っておらず、雰囲気も冷ややかだ。けれど、その顔立ちは写真のママと瓜二つだった!

月城律は短い脚で一歩一歩彼女に近づき、小さな顔を見上げ、恐る恐る確認するように、幼い声で尋ねた。

「おばちゃん、僕のママなの?」

おばちゃんが答えないのを見て、彼は言葉を選び直し、極めて真剣な表情で言った。

「おばちゃん、僕のママにすごく似てるよ!」

幼い声が、姫野理緒の死んだような心の湖に波紋を広げた。

彼女は手すりを強く握りしめ、倒れそうになる体を必死に支えた。

胸が苦しさで何度も洗われるようだ。でも、この子が私の子であるはずがない。

彼女の視線は、少年の目鼻立ちを丁寧になぞった。

「坊や、お名前は?」

月城律は見つめられて少し照れくさそうに頬を染めたが、視線を逸らすことはせず、小首をかしげて律儀に答えた。

「月城律だよ」

そして彼はもう一歩近づき、再び口を開いた。

「僕、見間違えたりしないよ。ママの写真を何度も何度も見たもん。もしママじゃないなら、僕のママを知ってる? ママのお姉さんとか、妹さんだったりしない?」

ママの姉妹?

その呼び名と、子供の無邪気な問いかけが、姫野理緒の張り詰めた神経に亀裂を入れた。

どうやら彼は本当に姫野夏実の子供らしい。

憎しみが蔦のように心臓に絡みつく。だが、目の前の純真無垢な顔を見ていると、彼女は無理やり負の感情を押し殺した。

この子を怖がらせてはいけない。

親の世代の因縁は、子供には関係ないのだから。

姫野理緒はゆっくりとしゃがみ込み、月城律と目線を合わせると、できるだけ柔らかな笑みを作った。

「月城律くん、こんにちは。私はあなたのママじゃないし、ママのことも知らないわ。一人で来たの? どうしてパパのところに行かないの?」

「パパは最上階の診察室にいるから、邪魔しちゃダメなんだ」

月城律は小さな手を後ろに回し、大人のように一歩踏み出した。

「鈴木おじさんが言ってたんだ。パパが呼んだお医者さんのおばちゃんがこの病院で働いてるって。だから自分で上がってきたの。ママじゃないなら、お医者さんのおばちゃんでしょ? パパの目は、おばちゃんにしか治せないんでしょ?」

彼は顔を上げ、黒曜石のような瞳に期待をいっぱいに詰め込んでいた。

姫野理緒の心は、どうしようもなく柔らかく溶けていった。

無意識に手を伸ばし、彼の頭を撫でようとしたが、指先が柔らかな髪に触れる直前で、ハッとして手を引っ込めた。

今の私は「アリス」だ。姫野理緒ではない。

「ええ、全力を尽くすわ」

彼女は静かに答え、さりげなく話題を誘導した。

「ママは一緒に来なかったの?」

その問いを口にした瞬間、心臓が早鐘を打った。

月城律はそれを聞くと、美しい眉をすぐに寄せ、小さな口を一直線に結んだ。その微細な仕草は月城曜と瓜二つだった。

「僕にママはいないよ」

姫野理緒の胸が締め付けられる。

「パパが言ってた。ママはすごく遠いところに行っちゃったって」

月城律の声は沈んだが、すぐに顔を上げ、目を輝かせて彼女を見た。

「でも大丈夫、ママの写真をこっそり隠してるから」

つまり、月城曜は姫野夏実と結婚しておらず、この子にも母親が姫野夏実だと教えていないの?

不倫の末に愛人との間に子供を作っておきながら、世間体のために全てを隠しているなんて! 月城曜、大した男だわ!

姫野理緒は心の中で冷笑したが、顔には出さず、さらに優しい口調で尋ねた。

「じゃあ……他のおばちゃんがお家に来て、あなたやパパのお世話をしてくれたりはしないの?」

彼女が聞いているのは姫野夏実のことだ。

案の定、その話題になると月城律の顔は崩れ、嫌悪感を隠そうともしなかった。

「あの姫野夏実おばちゃんのこと? 僕、あいつ大嫌い」

「どうして?」姫野理緒は不思議に思った。

本来なら実の母親のはずだ。

だが、目の前の少年が放った直球の「大嫌い」という言葉に、彼女の気分はなぜか少し晴れた。

「あいつ、僕が嫌いなものばっかり食べさせようとするし、パパの書斎にあるママの写真を捨てようとするんだ」

月城律は口を尖らせ、論理的に訴えた。

「それに、笑い方が嘘っぽい。童話に出てくる悪いお妃様みたいだ。パパに言ったんだ、もしあいつがまた家に来たら、僕は家出するって」

「じゃあ、今はお家にはあなたとパパだけ?」

月城律は力強く頷いた。

「うん! あと野原お婆ちゃんと、たくさんのボディガードのおじさんたち」

姫野理緒は危うく吹き出しそうになった。

姫野夏実、必死で月城曜の子を産んだのに、何の役にも立たなかったようね。子供には実の親と認められず、月城曜にも迎え入れられていないなんて。

月城律は何かを思い出したように、突然小さな手を伸ばして姫野理緒の白衣の裾を掴み、顔を見上げた。

「仙女のおばちゃん、パパの目を早く治してくれないかな? パパ、もうずっと絵本を読んでくれてないんだ」

裾から伝わる柔らかな感触が、姫野理緒の凍りついた心を一瞬で溶かした。

少年の瞳にある慕情と心配を見て、憎しみも計算も、この瞬間だけは二の次になった。

月城曜を憎んでもいい、復讐してもいい。

でも、彼の息子は無辜だ。

彼は父の愛を渇望し、絵本を読んでくれるパパを求めている。

「分かったわ、約束する」

肯定的な返事をもらい、月城律の目は三日月のように細められた。

「おばちゃん、イチゴのケーキ好き? 野原お婆ちゃんの作るイチゴケーキ、最高なんだよ」

「おばちゃん、髪の毛いい匂い。なんの匂い?」

「おばちゃん、手術する時、手は震えないの?」

彼は好奇心旺盛にさえずり、次々と質問を投げかけてくる。

姫野理緒は少しも煩わしいとは感じず、一つ一つ丁寧に答えてやった。

その時、廊下の向こうから鈴木海斗の焦った声が響いた。

「若様! どうしてこんな所へ!」

後ろには息を切らせたベビーシッターも続いている。

月城律は彼らを見ると、すぐに姫野理緒の裾を強く握りしめ、彼女の後ろに隠れて小さな頭だけを覗かせた。

鈴木海斗は駆け寄り、月城律と一緒にいるのがアリスだと気づくと、頭を抱えたくなりながら慌てて謝罪した。

「アリス先生、本当に申し訳ありません! この子がやんちゃで、ご迷惑をおかけしました!」

「構いません」

姫野理緒はマスクをつけ直し、淡々と言った。声はいつもの冷徹さに戻っている。

「可愛いお子さんですね」

鈴木海斗は呆気にとられた。この氷のような神医の口から、「可愛い」などという人間味のある言葉を聞くのは初めてだった。

見れば、天をも恐れぬ我が家の小さなお殿様が、大人しくアリス先生の後ろに隠れ、「僕には味方がいるんだぞ」と言わんばかりの顔をしている。

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