第60章

彼女は数秒ほど静かに見つめていたが、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。

「なによ、その反応。怒ってないわけ?」桜崎芽依は苛立ちを隠せず、地団駄を踏んだ。「あいつ、アンタに謝ったすぐ後に姫野夏実とよろしくやってるのよ? これって公衆の面前でアンタの顔に泥を塗ったも同然じゃない! ほんと、節操のないクズだわ!」

姫野理緒は淡々と口を開いた。「どうして怒る必要があるの?」

彼女は顔を上げ、桜崎芽依を見据える。その瞳は底知れぬ湖のように静まり返っていた。

「家の利益や世間体のためなら、彼はなんだって許容するし、取引の材料にするわ。彼にとって姫野夏実は一人の人間じゃない。有益な道具であり...

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