第117章

橘詩織は、ひんやりとしたドアノブに手をかけた。

指先から伝わる金属の冷たさと裏腹に、心には現実味のない感覚が広がっていく。

西園寺グループで長年働いてきたが、社長室の最奥にあるこの専用仮眠室に足を踏み入れるのは、これが初めてだった。

これまで幾度となく深夜に診断書を届けに来て、固く閉ざされたこの扉を目にすることはあっても、まさかこんな理由で、こんな状況下で押し開けることになるとは夢にも思わなかった。

名状しがたい感情が胸の奥底から湧き上がってくる。苦々しさと、どこか自嘲めいた滑稽さ。彼女は軽く頭を振って雑念を払った。

考えてみれば笑い話だ。昔も今も、彼女にはここへ堂々と入る資格など...

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