第191章

長い間、誰も口を開かなかった。オフィスを支配しているのは、微かなキーボードの打鍵音と、時折書類をめくる衣擦れのような音だけだ。

橘詩織が次のデータの照合に取り掛かろうとした矢先、唐突なバイブレーションが静寂を切り裂いた。

西園寺玲央の携帯だ。

男は振り返って画面を一瞥すると、特に表情を変えることもなく通話ボタンを押した。

電話の相手が何かを告げたのだろう、西園寺玲央は短く応じた。

「ああ、今から向かう」

通話を切ると、彼は橘詩織に視線を落とす。その瞳の奥には複雑な色が宿っていた。

だが結局、口にしたのは淡々とした一言だけだった。

「用ができた。少し抜ける」

そう言い捨てると...

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