第63章

空気が凍りつく。橘詩織は呼吸を忘れ、思考が一瞬停止した。

数秒後、彼女は夢から覚めたように、フロントガラス越しに不機嫌な男を見据えた。

「西園寺玲央……」

彼女の声は微かだったが、極限まで抑え込まれた震えを孕んでいた。

「いったいどういう立場、どういう権限があって私を問い詰めるの?」

西園寺玲央は顎のラインを強張らせ、暗く沈んだ瞳で彼女を睨みつけた。

「どういう立場だと? 俺たちはまだ離婚していない!」

橘詩織は自嘲気味に笑った。その響きには、隠そうともしない皮肉が滲んでいる。

「時間の問題でしょう。私だって身の程は弁えているわ。『西園寺の奥様』面して何か言うつもりもないし、...

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