第九章

「お嬢様、お痩せになりましたね」

中村の視線が橘詩織に注がれ、そこには痛ましげな色が浮かんでいた。

「中村さん、両親は?」

橘詩織の眉間の険しさが少し和らぐ。彼女はリビングを見渡したが、そこに両親の姿はなかった。

「旦那様と奥様は書斎にいらっしゃいます」

中村の顔に緊張が走り、エプロンの裾をきゅっと握りしめる。彼女は言い淀みながらも、忠告せずにはいられなかったようだ。

「旦那様も奥様も、ここ数日ご機嫌が麗しくありません。執事の話では、お嬢様と……西園寺様の件が耳に入っているようで」

橘詩織は小さく頷いた。ここへ来る前から、ある程度は予想していたことだ。

今や彼女と西園寺玲央の関係破綻のニュースは街中を騒がせている。これだけ騒ぎになっていて、二人が知らないはずがない。

「分かったわ」

橘詩織は頷くと、二階の書斎へと向かい、ドアをノックした。

「お父さん、お母さん。戻りました」

橘詩織の声を聞き、書斎の中が一瞬静まり返る。続いて、橘和也の威厳に満ちた声が響いた。

彼女がドアを開けて中に入ると、父と母はソファの主座に座り、曇った表情を浮かべていた。

部屋には重苦しい空気が充満し、息が詰まりそうだ。

「よくものこのこと帰ってこられたな。橘家の顔に泥を塗りおって」

橘和也は彼女を見るなり、抑えていた怒りを爆発させ、テーブルを思い切り叩いた。茶碗の茶が四方へ飛び散る。

「レオさんと一体どうなっているの? 話し合えば済むことでしょう? どうしてこんな大騒ぎにして、外の笑い者になるような真似をするの」

橘梨乃は橘和也の背中をさすってなだめる振りをしながら、橘詩織が大局を顧みないことを責め立てた。

「たかがリゾート開発プロジェクト一つで、レオさんと争う必要があるの?」

橘家はかつてのような勢いを失い、近年は斜陽の兆しが見え始めている。多くの取引は西園寺家に依存して得たものだ。一つのプロジェクトのために、現在の長期的なビジネスパートナーとの関係を悪化させる必要などない。

「裏で調べたわよ。たかが女一人のことで、ここまで騒ぐことなの?」

橘梨乃は眉をひそめ、不満げに言った。

「結局はあなたの腹が役に立たないからよ。もっと早く子供を産んでいれば……」

「お父さん、お母さん。私、西園寺玲央と離婚したいの」

ずっと黙っていた橘詩織が不意に口を開き、母の小言を遮った。

この台詞はもう聞き飽きた。彼女と西園寺玲央の間にどんな問題が起きようと、両親は最終的に彼女が西園寺家の子孫を残せていないことに責任を帰するのだ。

橘梨乃の声がぴたりと止まり、とんでもないことを聞いたという顔で凍りつく。

「戯言を!」

先に反応した橘和也が、テーブルの上の茶碗を床に叩きつけ、粉々に砕いた。

橘梨乃は震える声で立ち上がり、今の言葉を消化しきれない様子で言った。

「あ、あなた、気でも狂ったの?」

「狂ってないわ。本気で西園寺玲央と離婚したいの。離婚協議書はもう西園寺玲央に送った」

橘詩織が顔を上げたその瞬間、橘和也の手が飛んできた。

乾いた音が響き、強烈な平手打ちに目の前がチカチカする。

「詩織さんに何をするんですか!」

橘梨乃が悲鳴を上げて橘和也を止め、慌てて橘詩織の顔を確認しに来た。

「詩織さん、お父さんを恨まないで。今の言葉はあまりに酷すぎるわ」

橘詩織の顔の傷が酷くないのを確認して安堵した橘梨乃は、恨み言を漏らした。

「やっぱり、夫婦仲が壊れたという噂は本当だったのね? あなたって子は、本当に親不孝なんだから!」

橘和也は両手を後ろで組み、怒りで書斎をぐるぐると歩き回った。

「今すぐ離婚なんて言葉を取り消して、レオに謝りに行け! 離婚協議書を取り戻してくるんだ!」

橘詩織の片頬が焼けるように痛む。目を剥いて怒る父と、めそめそと泣き始めた母を見て、彼女の態度は揺るぎないものとなった。

「もう決めたの。相談に来たんじゃないわ」

彼女は決意を固め、そう言うと両親に深くお辞儀をして背を向けた。背後から父の怒号が飛んでくる。

「馬鹿者! 親不孝者が、離婚したら二度と戻ってくるな!」

「お嬢様!」

階段の口で待っていた中村が、書斎から出てきた橘詩織を見て、焦った様子で駆け寄った。顔の赤い痕を見て、目頭を赤くする。

「これは、旦那様が?」

中村は声を詰まらせ、触れようとした手を引っ込めた。痛がらせるのを恐れたのだ。

「旦那様も酷いことを……跡が残ったらどうするんですか」

「大丈夫、心配しないで」

橘詩織は泣くよりも辛そうな笑顔を無理やり作り、同時に自分の置かれた状況を哀れに思った。

「氷を持ってきて冷やします」

中村は涙を拭い、急いで台所へ向かおうとした。

「いいの、中村さん」

橘詩織は中村を引き止めた。これ以上ここにいたくなかった。彼女はそのまま橘家を出た。

マンションに戻り、氷嚢で腫れを冷やしながらソファでぼんやりしていると、アシスタントから電話がかかってきた。

「もしもし? どうしたの?」

「社長……最新情報です。リゾート開発プロジェクトの西園寺家側の責任者が、白川様に変更されました」

アシスタントは言い淀みながらも、事実を伝えた。

ドカン、と頭の中で何かが爆発し、橘詩織の頭は真っ白になった。

西園寺玲央は知っているはずだ。彼女がどれほどこのプロジェクトに懸けていたか……。

「社長? 社長? 大丈夫ですか?」

返事がないのを心配してアシスタントが声を上げる。

「大丈夫よ」

橘詩織は夢から覚めたように言った。

馴染みのある疲労感が全身を包む。電話を切って間もなく、今度は引越し業者から電話があった。

「橘様、ご予約の場所へ到着しました。お立会いいただけますか?」

橘詩織は別荘に多くの荷物を残していた。あの日持ち出したのはほんの一部だ。この二日間いろいろありすぎて、引越し業者を予約していたことさえ忘れていた。

「すぐに行くわ」

急いで別荘へ駆けつけると、スタッフが入り口で待っていた。

「遅れてすみません、入ってください」

橘詩織は恐縮しながらスタッフを連れて中へ入り、荷物をまとめ始めた。ドアを開けると、リビングのソファに人が座っていることに気づいた。

「顔、どうしたんだ?」

西園寺玲央は陰鬱な顔で背後のスタッフを一瞥した後、彼女を見て眉をひそめた。

橘詩織は冷やした後、厚めにファンデーションを塗っていた。パッと見では分からないはずだが、西園寺玲央の目は誤魔化せなかった。

彼女は適当な理由をでっち上げた。

「何でもないわ。チークが濃すぎただけ」

西園寺玲央はそれ以上何も言わず、深い墨のような瞳で行き交うスタッフを見つめ、顎のラインを強張らせていた。

すべての荷造りを終え、一緒に出ようとした橘詩織を、男が強く引き止めた。

西園寺玲央の表情は厳しく、声には抑えきれない怒りが混じっていた。

「どうしてもこうするつもりか? 今ならまだ間に合うぞ」

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