第3章 この人生に疲れたらどうする?
相葉詩礼視点
土曜の午後、私は赤坂里樹の小さなアパートのソファで体を丸め、彼が小さなダイニングテーブルに分厚いマニュアルを広げて身をかがめているのを眺めていた。黒髪が額にかかり、指でテキストの行をなぞりながら、声に出さずに唇を動かしている。
「これ、見ろよ」
彼は本をくるりと回して、エンジンの図解で埋め尽くされたページを私に見せた。「ガレージの白石智也さんがさ、この認定試験に受かれば、ちゃんとした仕事に就けるって。ただ車を洗ってオイル交換するだけじゃなくて」
私はソファから滑り降り、彼の背後から腕を回して、その肩に顎を乗せた。ページは彼の乱雑な字でびっしりと埋まっている。
「里樹、すごいじゃない!本当にやるつもりなの?」
「当たり前だろ」
彼は私にもたれかかってくる。
「君に誇りに思ってもらえるような男になりたい。こんなクソみたいな生活じゃなくて、ちゃんとした人生を君にやりたいんだ」
胸がきゅっと音を立てた。私は彼のこめかみにキスをする。肌がしょっぱい味がした。
「あなたの夢のガレージのこと、聞かせて」
赤坂里樹は私の方を向き直ると、目を輝かせた。
「小さな店さ。たぶん南地区に。俺ともう一人くらいで。普通の人の車を、適正な値段で修理してやるんだ」
彼は手を伸ばして私の頬に触れた。
「そんで、君は大学に行くんだ。教職でも勉強したらどうだ?君は人と接するのが得意だから」
「先生、いいかもね。私たちみたいに、不運な境遇に生まれた子たちの力になってあげられるかもしれない」
「昔の俺たちみたいに、な」と赤坂里樹が訂正する。
「俺たちはもう迷子じゃない。お互いを見つけたんだから」
その午後は、彼が練習する間、私が問題を出して過ごした。彼は緊張していて、専門的なことになると口ごもったけれど、これが彼にとってどれほど大事なことなのかが伝わってきた。私たちが、彼にとってどれほど大切なのかが。
夜の八時ごろ、ドアを乱暴に叩く大きな音に、私たちは二人してソファから飛び上がった。
赤坂里樹は体をこわばらせた。彼は私に静かにしているよう合図し、ドアの方へ向かう。
「寝室に行け」と彼は囁いた。
「ドアを閉めて」
胃がずしりと重くなる。その声色には聞き覚えがあった。私は急いで寝室に入ったが、声が聞こえるよう、ほんの少しだけドアを開けておいた。
「赤坂里樹!開けろ、話がある!」
その声は若く、怒りに満ちた声だった。赤坂里樹は長い間待ってから、ドアの鍵を開けた。
「一体どうしたってんだ?柊木陽が、なんで今夜の仕事に来なかったのか知りたがってるぞ」
「あんなクソみてえな仕事はもうやめたんだ、日室恭」
「やめた?そんな簡単にやめられるわけねえだろ!女なんかに未来をめちゃくちゃにされるんじゃねえぞ!」
「女」という言葉が、平手打ちのように私を打った。両手を固く握りしめる。
「彼女をそんな風に呼ぶな!それに俺の生き方に口出しするな!」
「あいつのせいでお前は腑抜けになっちまったんだよ。ただ歩いて去れるとでも思ってんのか?連中はお前を所有してんだぞ!」
「誰にも俺は所有されねえ。さっさと出ていけ、お互い後悔することになる前に」
「これで終わりじゃねえぞ、赤坂里樹。柊木陽がお前をただ行かせるわけがねえ。それに、そのお嬢ちゃんがチンピラとのおままごとに飽きたら、お前はどうなるんだ?」
アパート全体が揺れるほど、ドアが激しく閉められた。
私が赤坂里樹の問題なんだ。その考えが、氷水のように私を打ちのめした。私のせいで彼は友達と喧嘩し、これまで知る唯一の家族に背を向けている。もし日室恭の言う通りだったら?もし私がこの生活に飽きてしまったら?
赤坂里樹が戸口に現れた。顔は青白い。
「詩礼、言わなきゃいけないことがある。俺、クルーを抜ける」
「それって賢明なことなの?もし彼らが許してくれなかったら?」
「そん時は、二人で対処する。一緒にだ」
でも、彼の目には恐怖が浮かんでいたし、私に手を伸ばすその手が震えているのが見えた。
月曜の学校、昼休みの間に噂が始まった。私が味気ないサンドイッチをちびちびとつついていると、隣のテーブルの女の子二人がひそひそ話しているのが聞こえた。
「昨夜、南地区であった発砲事件のこと聞いた?」
「うん、組織の男が三人殺されたって。報復だって言われてる」
口の中のサンドイッチが段ボールみたいになった。息がほとんどできない。
歴史の授業が一緒の友達が、私の向かいに座った。
「詩礼、顔色悪いよ。どうしたの?」
「なんでもない。ただ……誰が殺されたか知ってる?」
「なんでそんなこと気にするの?そういうギャングがらみのことには関わらない方がいいよ、詩礼。危ないから」
彼女が知るよしもないだろうけど。
その日の残りは、ひどく長く感じられた。赤坂里樹が無事か確かめるために家に帰ることしか考えられない。もし彼がまだクルーにどっぷり浸かっていたら、今頃死んでいたかもしれない。でも、もし本当に相葉に関連する勢力が殺しているのなら、私のせいで、赤坂里樹が標的になってしまうんだろうか?
その夜、午前三時ごろ、リビングの足音で目が覚めた。ベッドの赤坂里樹がいたはずの場所は、空っぽで冷たかった。
私はそっと抜け出し、彼が玄関の鍵をチェックしているのを見つけた。今夜だけで三度目になるに違いない。ボクサーパンツとTシャツ姿で、髪は寝癖で乱れているが、目は大きく見開かれている。
「里樹?何してるの?」
彼は撃たれたみたいに飛び上がった。
「うわっ、びっくりした。ベッドに戻ってろ」
「一週間、毎晩こうしてるじゃない。どうしたの?」
「何も問題ない。ただ、俺たちが安全か確認したいだけだ」
薄暗い街灯の光の中で、彼の顔をじっと見つめる。目の下には隈ができていて、手がわずかに震えている。廊下で足音が響くたびに、彼の全身がこわばる。
「日室恭のことでしょ?彼が言ったことの?」
「日室恭のことは忘れろ。あいつは俺たちの関係を理解してない」
「でも、怖がってる。私にはわかる」
「怖がってなんかない。ただ用心してるだけだ」
その嘘が、私たちの間に重くのしかかる。こんなに神経質で疑心暗鬼になっている赤坂里樹は、今まで見たことがなかった。
木曜の夕方、赤坂里樹がテーブルでマニュアルを広げていると、彼の電話が鳴った。番号を一瞥すると、彼の顔からさっと血の気が引いた。
「もしもし?」
怒った男の声が聞こえるが、言葉までは聞き取れない。赤坂里樹は電話を握る手に力を込め、指の関節が白くなる。
「言っただろ、俺は抜けるって……いや、それは話し合うまでもない……柊木陽がどう思おうと知ったこっちゃない」
彼の声が低くなる。
「彼女を巻き込むな。俺たちの問題とは何の関係もない」
心臓が激しく鼓動する。彼らは私の話をしている。
赤坂里樹が電話を切ったとき、私はもう彼の隣にいた。
「誰だったの?」
「別に、たいしたやつじゃない」
「嘘つかないで。私のこと、話してたでしょ?」
赤坂里樹は立ち上がり、私の手を取った。
「詩礼、俺がなんとかする。ただ、俺を信じてくれ」
「何をなんとかするの?里樹、もし私があなたを危険にさらしてるなら……」
「そんなことない!君は俺の人生で唯一のいいものなんだ。君がいなかったら、俺は今でもただのチンピラだった」
でも、彼の顔にはそれが表れていた。隠そうとしている恐怖が。今では電話が鳴るたびに、彼はびくっとするようになった。
私の十八歳の誕生日の前夜、学校から帰ると、赤坂里樹がキッチンでごそごそ何かをしていた。
「入ってくるな!サプライズなんだから!」
「何してるの?」
「明日は君の誕生日だろ。今夜、お祝いするんだ」
彼がようやく私をリビングに入れてくれたとき、私は息を呑んだ。家にあるキャンドルをすべて灯し、テーブルには私のお気に入りの中華料理店のテイクアウト容器が並べられている。
「大したものじゃないってわかってるけど……」
赤坂里樹はポケットから小さな箱を取り出した。手は震えている。
「これを、君に渡したくて」
中には、繊細なバンドのシンプルな銀の指輪が入っていた。ダイヤモンドはついていないが、キャンドルの光を捉えてきらめいている。
「里樹、きれい……。でも、私たちにこんなもの買う余裕……」
「貯めてたんだ。ガレージで稼いだ小銭を全部」
彼は緊張しているようで、ほとんど怯えているようにさえ見えた。
「約束の指輪だ。本物を買えるようになるまで」
「私と結婚したいってこと?」
「明日君が十八歳になったら、ちゃんとやりたいんだ。片膝ついて、全部ちゃんとな」
彼の声が優しくなる。
「俺の人生を、君と過ごしたい。君を守って、愛して、君が受けるべきものすべてを与えたい」
彼が私の指に指輪をはめるとき、その手つきは優しかった。
「この指輪は、お前が俺のもので、俺がお前のものだってことだ。何があっても、俺たちは互いのものなんだ」
指輪を見下ろすと、胸の中に温かいものが広がっていく。
私たちはその夜、テイクアウトを食べながら語り合った。赤坂里樹は子供の頃の話、彼が持つ数少ない良い思い出を話してくれた。私は未来についての夢、二人で築いていく人生について語った。
「もし子供ができたら、なんて名前にしたい?」
赤坂里樹の顔が和らぐ。
「男の子なら……緒斗かな。女の子なら……」
彼は微笑んだ。
「玲衣。一文字君と同じだけど……」
「きれいな名前ね」
その後、暗闇の中ベッドで横になっていると、赤坂里樹が眠っていると思っていたのに、彼が私の額に優しくキスをするのを感じた。
「愛してるよ、詩礼」と彼は囁いた。あまりに静かで、聞き逃しそうになったほどだ。
「何があっても、俺が君を命よりも愛してるってこと、覚えててくれ」
その言い方に、なぜか背筋がぞっとした。それは誕生日の願いというより、別れの言葉のように聞こえた。
私たちの幸せは砂の上に建てられた城のようで、波がどんどん近づいてくるのを感じていた。でも、彼が何を言いたいのか、私は聞かなかった。答えを知るのが、恐ろしくてたまらなかったからだ。
