第31章

彼女は咳き込みそうになるのを、必死で飲み込んだ。

口を押さえ、顔を背けるなり駆け出す。

東堂彦一が安部美波を押しのけようとした、その瞬間――背後から、こもった足音が追いかけてきた。

床には絨毯が敷かれている。歩くぶんには、ほとんど音はしない。だが走れば、どれだけ厚い絨毯でも、さすがに誤魔化せない。

彦一は振り返った。

そこには、もう誰もいない。

「彦一!」

酔いの回った安部美波が、両手で彼の頬を包み込む。

東堂彦一は冷えた顔のまま、その手を引き剥がし、彼女をソファへ放り投げた。

「安部美波。これ以上ふざけるなら、海に投げ込むぞ」

危うく触れられかけた顎を、手の甲で乱暴にこ...

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