第92章

温井知絵は、首筋がぴくりと強張った。

――先に帰りたいのか?

その口ぶりは、彼女の胸の内を見透かしたみたいだった。気に障ったのだろう。わざと突きつけて、彼女自身に「不真面目さ」を自覚させるつもりなのかもしれない。

けれど彼女は、ただ一瞬そう思っただけで、何も口にしていない。そこまで苛烈に出る必要があるのだろうか。

「承知しました。社長が許可なさるなら、先に失礼します」

温井知絵は、波ひとつ立たない声で返した。

彼の不機嫌と、過剰な厳しさ。その裏にあるのは何か。結局のところ、朝の「空気の読めなさ」と、さっきの「空気の読めなさ」――それだけだ。

……秘書も、長くは続かないかもしれな...

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