第2章

瀬川穂乃視点

重厚なシルクのカーテン越しに陽の光が差し込む中、私はゆっくりと目を開けた。

天井には精緻なクラシック様式の彫刻が施され、周りには豪奢なアンティークの家具や絵画が並んでいる。

ここは……どこ?

身を起こそうとすると、頭に鈍い痛みがズキズキと走った。記憶は粉々になった破片のようで、とても一つの全体像に繋ぎ合わせることはできなかった。

「ようやく目が覚めたんだね」

深く、惹きつけられるような声がベッドの傍から聞こえた。そちらに顔を向けると、一人の男性が椅子に座り、その深淵のような黒い瞳で私を優しく見つめていた。

その瞳……とても見覚えがある。

彼は完璧な顔立ちをしていて、顎にはうっすらと無精髭があり、高価そうな白いシャツのボタンが少し開けられて、たくましい胸元が覗いている。彼からは危険で、抗いがたい魅力が放たれていた。

「だ……誰ですか?」

私の声は掠れていた。

彼の瞳に一瞬痛みが走ったが、すぐに優しさで覆い隠された。

「柏木修平だ。君の婚約者だよ」

婚約者? 私は彼の顔を見つめ、必死に記憶を探ったが、そこには空虚が広がるばかり。それなのに、なぜか彼の瞳を見つめていると、心臓が説明のつかないほど高鳴るのだった。

「私……思い出せないんです」

私は激しく頭を振り、涙が頑なに頬を伝った。

「何も思い出せないの!」

修平はすぐに立ち上がり、ベッドの端に腰かけると、私の頬を優しく撫でた。

「泣かないで。医者が言うには、頭に外傷を負ったんだ――一時的な記憶喪失はよくあることだよ。記憶は少しずつ戻ってくる」

彼の指先に触れられると、体に電気が走ったように、自分でも抑えきれないほど震えてしまう。その反応が、私の混乱をさらに深めた。

「私たち……本当に婚約してるの?」

「もちろんだ」

彼はポケットから大粒のダイヤモンドの指輪を取り出し、そっと私の薬指にはめた。

「これが俺たちの婚約指輪だ」

ダイヤモンドは陽の光を浴びてきらめいたが、私にはその指輪に関する記憶が一切なかった。

―――

三日後、屋敷のバスルーム。

「一人で大丈夫です」

私はバスローブをきつく掴み、修平がバスルームに入ってくるのを遮った。

「医者は君には世話が必要だと言っていた。俺に任せてくれ」

彼は有無を言わさず私を押し退け、湯を出し、温度を調節し始めた。

「でも……」

頬が熱くなる。

「恥ずかしすぎます」

修平は振り返った。

「穂乃、君は俺の婚約者だ。君の面倒を見るのは、権利であり、義務でもある」

彼はゆっくりと私のバスローブの紐を解き、布地が床に滑り落ちた。私はとっさに体を隠そうとしたが、彼は優しく、しかし断固としてその手を制した。

「恥ずかしがらないで。君の体は隅々まで知っている」

彼の声は掠れ、瞳には危険な火が灯っていた。

温かいお湯が体を包み込み、修平の手が私の肌を撫でる。その一つ一つの愛撫に、私の体は奇妙な反応を示した――心臓は高鳴り、呼吸は速まり、体の奥が熱く濡れていく。

「どうして……」

私は唇を噛み、困惑しながら彼を見上げた。

「どうして私の体は、こんなふうに反応するの?」

彼は手を止め、私の瞳を深く見つめた。

「君の心が忘れていても、体が俺を覚えているからだよ。俺たちの愛は、骨の髄まで染み込んでいるんだ、穂乃」

彼は私の心臓に手のひらを当てた。

「ほら、聞こえるだろう? 俺のために、こんなに脈打っている」

確かに、心臓は胸から飛び出してしまいそうなほど激しく鼓動していた。この感覚は恐ろしくもあり、同時に陶然とさせられるものだった。

それからの日々、修平は私の生活のすべてを管理した。

朝、彼が自ら私の服を選ぶ――いつも白いドレスだった。

「君は白が一番美しい」

彼はそう言って、執着的な所有欲に満ちた目で私を見つめた。

食事の時、彼は私の一口一口をまず自分で味見し、安全を確かめた。

「君を失うわけにはいかないんだ、穂乃。絶対に」

夜、彼は私が彼の腕の中で眠ることを譲らなかった。

「君は悪夢を見る。そばにいないと、安らかに眠れないんだ」

初めは抵抗したが、不思議と彼の腕の中では、私はより深く眠ることができた。彼の体温、心音、そして呼吸さえもが、私にかつてないほどの安心感を与えてくれた。

この矛盾した感情は日ごとに私を混乱させた。この束縛を恐れるべきなのに、なぜ心の奥底では、もっとそれを求めているような気がするのだろう?

―――

一ヶ月後のある日、庭で午後の日差しを楽しんでいると、一人の女性が突然現れた。

彼女はカールした金髪で、高価そうな赤いスーツを身につけ、貴族的な優雅さを漂わせていた。しかし、私に向けられるその眼差しには、敵意が満ちていた。

「あなたが、あの有名な穂乃さん?」

彼女は私を頭のてっぺんからつま先まで見下し、軽蔑するように言った。

「大したことないのね」

私は思わず後ずさった。

「あなたは……?」

「倉持泉よ」

彼女は傲慢に顎を上げた。

「修平の元カノで、彼を一番よく知る女」

元カノ? 胸の内に説明のつかない怒りが燃え上がった。なぜ見知らぬ相手に、これほど強烈な敵意を感じるのだろう?

「何をする気?」

修平の低い声が背後から聞こえた。

振り返ると、彼の表情は氷のように冷たくなっていた。

「倉持泉、話ははっきりとつけたはずだが」

彼は私の隣に移動し、腰に腕を回した。

「穂乃は俺の婚約者だ」

「婚約者?」

倉持泉は軽く笑った。

「修平、まさか本気でこの女に惚れたわけ? ただの代役にすぎないのに」

代役? 私は修平を見た。胸の内に不安がこみ上げてくる。

修平の腕に力がこもり、私をさらに強く引き寄せた。

「倉持泉、俺の屋敷から今すぐ出ていけ。穂乃は誰の代役でもない――俺が選んだ、俺だけの女だ」

「ハッ!」

倉持泉は鼻で笑った。

「彼女が記憶を取り戻した時、自分がどれだけ愚かだったか思い知るがいいわ」

彼女は踵を返し、ハイヒールの音を響かせながら去っていった。

私は修平を見上げ、答えを求めて彼の瞳を探った。

「どういう意味? 記憶を取り戻したらって……」

修平は身をかがめ、私の額にキスをした。

「彼女の言葉など気にするな。何があろうと、俺は決して君を離さない。それだけを知っていればいい」

だが、倉持泉の言葉は私の心に種のように根を下ろした。代役……記憶を取り戻す……その言葉が、漠然とした恐怖を私に抱かせた。

その夜、修平の腕に抱かれながら、私は天井を見つめていた。すると、ぼんやりとした断片が頭の中をよぎる――雨の夜、銃声、そして見覚えのある黒い瞳に浮かんだ……苦痛?

あまりに奇妙な感覚だった。

その記憶を掴み、もっとはっきりと見たかったが、思い出そうとするたびに、針で刺すような激しい頭痛が襲い、諦めざるを得なかった。

「修平……」

私はそっと呼びかけた。

「ん……?」

暗闇の中、眠たげな声が返ってきた。

「私たち……本当に愛し合っていたの?」

彼の体が一瞬こわばり、それから私をさらに強く抱きしめた。

「ああ、穂乃。俺たちは深く愛し合っている」

けれど、なぜだろう。彼が何か大事なことを隠しているような気がしてならなかった。

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