第1章
午前三時、SNSである匿名の質問が投稿された。
【両親が亡くなった後、足が不自由になった妹を兄が扶養すべきか?】
この投稿は爆弾のように、各SNSで一気に炎上した。
わずか六時間で閲覧数は千万を突破し、コメント欄は沸騰した。
【家族だから、兄が妹の面倒を見るのは当たり前でしょ】
【なんでだよ? 兄貴にだって自分の人生があるだろ】
【状況によると思う。本当に生活が苦しい家庭もあるだろうし】
【国の福祉施設って何のためにあるんだよ。なんで親族の情に縛りつけなきゃいけないの?】
【↑あんた、良心が痛まないの? 実の妹を施設に送るなんて】
【こういう投稿って、状況をはっきりさせてくれないかな? 兄は何歳? 妹は何歳? 何も言わないってことは、世界大戦でも見たいわけ?】
話題への関心が高まり続ける中、ある匿名のコメントがトップに押し上げられた。
【当たり前でしょ? なんで妹が兄に感謝しなきゃいけないの? 兄が妹を養わなかったら、妹は死ぬしかないじゃない】
この一言は火に油を注ぎ、さらなる公憤を引き起こした。
話題は瞬く間にツッターやTikTokにまで広がり、トレンドランキングにも名を連ねた。
すぐに、とある新メディア企業がアクセス数の匂いを嗅ぎつけ、少々手段を講じて、その最もホットなコメントのIPを追跡した。
我が家のドアベルが鳴ったのは、ちょうどその時だった。
私が車椅子を漕いでドアを開けると、マイクを持った若い女性とカメラマンが立っていた。
彼女は私の車椅子に気づくと、目を輝かせた。
「こんにちは、『リアルドキュメント』の記者です。ただいま生配信中なのですが、中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
私はカメラを一瞥し、無表情のまま二人を招き入れた。
「IPアドレスからこちらを突き止めまして、独占インタビューをさせていただきたく」
彼女は家に入り、ぐるりと見回すと、何か言いたげな表情を浮かべた。
「投稿された方は、さぞ生活に困窮されているのだろうと思っておりましたので……」
「何のインタビューです?」
「昨晩の兄妹に関するコメントのことです。なぜあのような返信をされたのか、お聞かせいただけますか?」
「彼が私の面倒を見るのは責任です。私が感謝する必要なんてあります?」
私は冷笑した。
「それに、彼は毎日仕事から帰ってきてからしか私の世話をしないんです。昼間は私一人で家にいて、すごく不便なのに。これも面倒を見ているうちに入るんですか?」
「ご家族はお二人だけですか?」
「義姉もいます」
記者とカメラマンは顔を見合わせた。どうやらこの家の状況を察したらしい。
足が不自由な妹、それを疎む義姉、その間で板挟みになる気弱な兄。実に刺激的でアクセス数を稼げる家族だ。今のホットな話題にうってつけだろう。
「林原さん、実はですね、一週間、あなたとお兄さん、お義姉さんとの生活を生配信させていただけないでしょうか。もしご承諾いただけるなら、百万円の報酬をお支払いします」
私は即答した。
「いいですよ」
私の知らないところで、配信のコメントが猛烈な勢いで流れていく。
【それはまずいんじゃない? 少なくとも兄と義姉の意見を聞くべきでしょ】
【でも百万円だよ?】
【なんかおかしい。さっき映ったコート、6万円はするよね。あんなコートが買える人が、なんで百万円のために家のプライバシーを晒すわけ?】
記者は私がこうもあっさり承諾するとは思っていなかったようだ。
「てっきり、林原さんは少しお考えになるかと」
「家にお金がないので」
私は冷たく言い放ち、早くカメラを設置して立ち去るよう彼らを促した。
夕方、兄が仕事から帰ってきた。すぐに私のことを気遣って尋ねてくる。
「唯ちゃん、今日は大丈夫だった? お昼は食べた?」
私は冷笑した。
「こんなに遅く帰ってきて、私を餓死させるつもり?」
彼は自責の念に駆られたように言った。
「ごめん、今日は会議で遅くなっちゃって。今からご飯作るね」
ほどなくして、義姉の青子も帰宅した。私を見るなり、彼女は顔に嫌悪感を浮かべ、リビングにあるリハビリ器具を蹴りながら、眉をひそめて文句を言った。
「林原剛! こんなもの片付けろって言ったでしょ!」
「唯ちゃんが使うから」
兄がキッチンから顔を覗かせた。
私が水を飲もうとしているのを見て、青子はフンと鼻を鳴らし、わざと私の手の届かない場所にコップを置いた。
「お義姉さん、取れません」
「自分でどうにかしなさいよ。私はあんたの家政婦じゃないんだから」
兄が慌てて駆け寄り、私のためにコップを取ってくれた。
青子は白目を剥いた。
「甘やかしちゃって」
夕食は豚の角煮だった。兄が私のために肉を取り分けてくれるが、私はお椀をずらした。
「いらない。脂っこいもの、誰が食べるのよ」
「あら、これ、あなたのお兄さんがわざわざ作ってくれた豚の角煮なのよ。あなたの一番好きなものでしょ」
青子が大袈裟に、皮肉たっぷりの声で言った。
私は視線を逸らす。
「お義姉さんが持ってきた肉まんが食べたい」
青子は途端に顔色を変え、いら立たしげにテーブルを叩いた。
「好き嫌いばっかり言って! 何様のつもりよ? 食べないなら飢えてなさい!」
兄は困り果てた様子で、彼女が残した冷たい肉まんを手に取り、電子レンジに入れた。
「温めてあげるから、これを食べよう」
私は彼を無視し、車椅子を漕いで自室に閉じこもった。
青子の罵声がまだ大声で響いている。
「見てよ、恩知らずは恩知らずね。ありがとうの一言も言えないんだから」
配信が始まってまだ二時間だというのに、コメント欄はすでに非難の嵐だった。
【この女、ひどすぎでしょ。実の兄があんなに優しくしてるのに】
【お兄さん可哀想。こんな妹押し付けられて】
【義姉さんの言う通りだわ。恩知らずめ】
