第2章
翌日、仕事から帰ってきた兄は、手に紙袋を提げ、媚びるような笑みを浮かべていた。
「唯、昨日、肉まんが食べたいって言ってただろ? お前が好きな肉餡のをわざわざ買ってきたぞ」
私は冷淡に彼を見つめる。
「今はもう食べたくない」
彼の顔に一瞬落胆の色がよぎったが、すぐに無理に笑顔を作った。
「じゃあ、何が食べたい? 買ってきてやるよ」
青子がやって来て、その肉まんをひったくった。
「こいつが食べないならちょうどいいわ、私が食べる。こんな気取ったやつ、甘やかしちゃダメよ!」
彼女は肉まんを頬張りながら、私を顎で使う。
「林原唯、あんたは自分でベランダの服を取り込みなさい!」
私は黙って車椅子を動かし、ベランダへ向かう。その途中、うっかりローテーブルにぶつかってしまい、青子が置いていた香水の瓶が床に落ちた。
「わざとやったでしょ!」
青子は金切り声をあげて駆け寄り、私の車椅子に蹴りを入れた。
「私が三ヶ月分の給料を貯めて買った限定品なのよ!」
車椅子が激しく傾き、私はバランスを崩して床に投げ出されそうになる。
キッチンから飛び出してきた兄が、矢のような速さで私のそばに駆け寄り、その身で私をかばった。彼の腕が車椅子の鋭い金属の縁で深く切り裂かれ、骨が見えるほどの傷口から、たちまち鮮血が噴き出し、シャツの袖を赤く染め上げた。
「気でも狂ったのか? 彼女は身体障害者なんだぞ!」
兄は青子を怒りに満ちた目で睨みつけ、痛みで声が震えていた。
青子は血を見て一瞬怯んだが、すぐに冷酷な表情に戻った。
「だから何? 私の化粧品はあいつよりずっと価値があるのよ! その香水がいくらするかわかってるの? 20万円よ!」
コメント欄はまたもや興奮の渦に包まれた。
【この義姉、ちょっと悪辣すぎないか……】
【障害者の車椅子を蹴るとか、これもう犯罪だろ?】
【なんていいお兄さん! 身を挺して妹を守って、あんなに深く切られてるのに文句一つ言わない】
【あの傷、はっきり見えた。マジで骨見えてる、怖すぎ】
兄は何も言わず、まず私が怪我をしていないか確認すると、腕の傷を堪えながら車椅子の修理を始めた。青子は手伝うどころか、そばで不平不満を言い募るばかりだ。
「見てみなさいよ、あいつがあんたにどれだけ面倒かけてるか。わざとやってるに決まってるわ!」
「彼女は俺の妹だ。面倒を見るのは俺の責任だ」
彼は押し殺したような声で言った。
「妹、妹、妹ばっかり。そんなに妹がいいなら、妹と二人で暮らせばいいじゃない! 何のために嫁をもらったのよ?」
青子は白目を剥き、修理途中の車椅子をもう一度強く蹴りつけると、ドアを激しく閉めて寝室に閉じこもってしまった。
部屋は急に静まり返り、レンチが回るかすかな音だけが響く。兄は車椅子の修理に集中し、額の汗が床に滴り落ちていた。
「よし、できた。乗ってみろ」
一時間近く経った頃、彼はようやく体を起こし、私に合図した。
私が車椅子に乗り、ハンドルを回すと、車椅子は滑らかに前進した。以前よりもずっと軽快だ。
「やっぱり新しいのを買いに行くか」
彼は額の汗を拭った。
「蹴られただけで壊れるなんて、品質もあまり良くないみたいだしな」
彼はしゃがみ込むと、私の脚をマッサージし始めた。その手つきは専門的かつ優しく、ふくらはぎから太ももまで、一つ一つの筋肉が丁寧にケアされていく。
「今日の調子はどうだ? どこか具合の悪いところはないか?」
彼はマッサージをしながら尋ねた。
「医者が言ってたろ、定期的に筋肉を動かさないと萎縮してしまうって。昼間、ちゃんとリハビリはやったか?」
私は苛立ちを隠さずに言った。
「ごちゃごちゃうるさい」
シャワーを浴びに出てきた青子がその言葉を聞きつけ、また口を開かずにはいられなかった。
「お姫様でもあるまいし、そこまで傅く必要あるわけ?」
彼女は言えば言うほど腹が立ってきたようだ。
「あんたが毎日毎日あいつにそうやって仕えてるから、あいつはあんたを召使い扱いするのよ!」
彼らの喧嘩を聞くのも面倒で、私は自分の部屋に逃げ込んだ。
部屋の中にいても、兄が私を庇う声が聞こえてくる。
「唯は本当は優しい性格なんだ。ただ、障害を負って、心がつらいだけなんだよ。俺たちが我慢すればいい」
「我慢、我慢って毎日毎日! あんたの妹を何歳まで我慢しなきゃいけないのよ!」
二人は口論になり、そして突然、青子が私の部屋に乱入してきた。彼女は私の服を一枚一枚、乱暴にスーツケースに放り込み始める。
「もう我慢できない! この障害者が一日でもこの家にいる限り、私に安息の日はないわ!」
彼女は叫んだ。
兄が止めに入ろうとしたが、逆に蹴りを食らい、傷口をドアにぶつけ、再び血が滲み出た。
青子はジッパーの閉まらないスーツケースを片手に、もう片方の手で私の車椅子をドアの外へと引きずっていく。
「あんたはこの家から出ていくべきよ! もう二度とあんたの顔なんて見たくない!」
兄の表情が一瞬凍りつき、それから黙って荷物を拾い上げた。
その様子を見て、青子はさらに激昂した。
「何やってるのよ! あいつは出ていかなきゃダメだって言ってるでしょ!」
兄はスーツケースを家の中に運び入れ、疲弊した声色で言った。
「青子、もう一度話し合わないか?」
青子は兄の前に立ちはだかり、泣き叫んだ。
「三ヶ月よ! あいつが障害を負ってから三ヶ月! この三ヶ月、あんたの心は全部あいつに持っていかれてるじゃない! 何でもあいつに先に選ばせて、何でもあいつに先に買ってあげて!」
「あんたは言ったわよね、両親がいなくて、小さい頃から寄り添って生きてきた、妹にはあんたしか身内がいないって。だから私は我慢した。でも、あんたはどんどん過剰になっていく! 私がスマホの調子が悪いから新しいのが欲しいって言っても、それすらあいつに先に買うんでしょ! 一体どっちがあんたの嫁なのよ!」
「今日、はっきりさせて! 私を選ぶの、それともあいつを選ぶの? あいつが出ていくか、私が出ていくかよ!」
兄は困り果てたように私を見た。
「唯は俺のたった一人の家族なんだ。両親に、一生面倒を見るって約束したんだ……」
青子は涙を拭った。
「わかったわ。あんたが選んだのね。じゃあ、私は実家に帰る!」
彼女は怒りのあまり、荷物もまとめずに出て行った。
兄は慌てて追いかける。
「青子、そんなこと言うなよ。ちゃんと話そう……」
コメント欄は我が家の壮大なドラマに衝撃を受けているようだった。
【なんだか、義姉さんも間違ってないような気がしてきた】
【悪辣すぎる! この女、それでも人間か?】
【お兄さん、つらすぎるだろ。嫁と妹の板挟みって】
【兄ちゃん、なんでこんな女と結婚したんだ!】
【義姉さんがこうなったのも、まあ無理はないかも……】
先日私を取材した記者までもが、恐る恐る電話をかけてきた。
「林原さん、この二日間、ネットでの評判があまり良くないようですが、お気持ちは大丈夫ですか?」
「平気よ」
私は落ち着いた口調で答えた。
「もしお辛いようでしたら、配信を一時停止することも検討しますが」
私は彼女の言葉を即座に遮った。
「100万円、ちゃんと支払ってくれるのよね? 契約書にははっきり書いてあったわ」
「え……はい、ですが、あなたの精神状態が……」
「なら配信を続けて。私は問題ない」
兄が帰ってきたとき、その顔にはひどく落胆した色が浮かんでいた。
私がまだリビングにいるのを見て、彼は気まずそうに手をこすり合わせた。
「風呂に入るか? 湯を張ってきてやる」
私は冷たく笑った。
「役立たずな男」
兄は衝撃を受けたように振り返り、言葉を失った。
私は冷淡に言葉を続ける。
「あんたがもっと稼いでいれば、義姉さんだって私にこんな酷いことしなかったわ!」
彼に口を挟む隙も与えず、私はさらに責め立てた。
「見てみなさいよ、嫁一人引き留められないなんて。人に見下されて当然だわ!」
コメント欄は瞬く間に爆発し、怒りに満ちた非難が殺到した。
【今まで世話してくれた兄にかける言葉がそれか?】
【恩知らずの本性が出たな!】
【こんなに良いお兄さんなのに、妹は感謝を知らないし、嫁はあれだし、可哀想すぎる】
【もうその恩知らずは放っておいて、早く奥さんを追いかけろよ!】
