第3章さくら荘の日常生活

水原涼がさくら荘に入居して一週間、私の生活に思いがけない変化が訪れた。

その日の朝、私はいつものように慌ただしく学校へ行く準備をしていたが、ふとキッチンから食欲をそそる香りが漂ってきた。振り返ると、昨日着ていた少しだぶだぶの作業着姿の水原涼が、私のために朝食を盛り付けているところだった。

「水原さん、毎日朝ごはん作ってくれなくてもいいんだよ。私、自分で……」

少し気まずかった。水原さんはあくまで間借り人であって、ここまでみんなの面倒を見る必要はないはずだ。

「みんな毎日忙しいんだから、せめて私にできることくらいはやらせてよ」

彼は穏やかにそう言うと、丁寧に盛り付けられたトーストと湯気の立つコーヒーを私の前に置いた。

簡単な朝食なのに、盛り付けが驚くほど凝っている。トーストはきれいに四角く切られ、コーヒーカップの傍らには庭から摘んできたのだろう、小さな桜の花が一輪添えられていた。こんな風に丁寧に世話をされる感覚……すごく、温かいな。

こんな風に世話をされるなんて、すごく温かい……いやいや、違う。彼はただ契約を履行しているだけだ。だけど、どうして私は毎日の朝食の時間を、こんなにも楽しみにしているんだろう?

三日目の朝食には、さらに驚いて言葉も出なかった。テーブルには完璧な和定食が並んでいたのだ。熱々の味噌汁、絶妙な焼き加減の卵焼き、丁寧に作られた小鉢、そして手作りの握り飯まで。どれもこれもが、まるで芸術品のように美しく盛り付けられている。

「水原さん……これ、すごすぎないか?」

私は目の前の豪華な朝食に目を丸くした。

彼は少し顔を赤らめる。

「千尋さんが毎日大変そうだから、ちゃんと朝食を食べてほしくて」

大切にされ、気遣われているという感覚に、胸に温かいものが込み上げてくる。私のために、こんなことをしてくれた人はいなかった。

さらに意外だったのは、ある晩のことだ。私が部屋で修繕計画を立てていると、いつの間にか深夜になっていた。肩がひどく凝り、伸びをして一休みしようかと思ったその時、部屋のドアがそっとノックされた。

「千尋さん、部屋の明かりがまだついていたから。疲れてるんじゃない?」

ドア越しに水原涼の声が聞こえる。

ドアを開けると、彼の心配そうな顔があった。

「ああ、確かにちょっと疲れたな。肩がガチガチだ」

「よかったら、マッサージしましょうか」

私が返事をする間もなく、彼は私の肩にそっと手を置いた。その手つきは驚くほどプロフェッショナルで、力加減もちょうどよく、凝っているツボを的確に捉えてくる。あまりの心地よさに、思わず眠ってしまいそうだった。

「手つきがすごくうまいな。どこかで習ったのか?」

私は思わず尋ねた。

彼の動きが一瞬止まる。

「……昔、家族にマッサージをしていたので」

その口調には、私にはわからない何か感情の色が混じっていた。けれど、今は心地よさが勝ってしまい、深くは追及しなかった。

「水原さんは本当に優しいな。将来、きっといい旦那さんになる」

私は無意識に心で思ったことを口にしていた。

「ち、千尋さん……」

彼の声は明らかに動揺を帯び、手も止まってしまった。

その瞬間、私は自分が何を口走ったのかに気づき、顔がカッと熱くなる。しまった、私は今、何を言ったんだ!

毎日夕方になると、水原涼は私と一緒に建物を巡回し、修繕の進捗を確認するようになった。夕日が沈む頃、私たちはさくら荘の部屋々々を並んで歩く。彼は改善すべき点を一つ一つ真剣に記録し、私はそんな彼の真剣な横顔をこっそりと盗み見ていた。

こんな日常は、まるで……まるで本当の家族みたいに、温かい。

週末の午後、私は勇気を出して、ある大胆な決断を実行に移した。

デパートで買ってきたピンクの花柄のエプロンを、微かに震える手で持つ。この考えは数日間、私の頭の中をぐるぐると巡っていた。少し恥ずかしい気もするが、でも……毎日こんなに真剣にさくら荘の世話をしてくれる水原涼を見ていたら、彼のために何かしてあげたくなったのだ。

「あの……水原さん」

私はリビングに立ち、心臓が早鐘を打つのを感じながら声をかけた。「契約に、新しい条項を追加したいんだ」

「どんな条項ですか?」

彼は不思議そうに私を見つめる。

私は深呼吸をして、エプロンを彼の前に差し出した。

「もし、この専用エプロンを着て家事をしてくれるなら、家賃をさらに五千円減額する」

言い終えた瞬間、穴があったら入りたい気分だった。我ながら、あまりにも奇妙な提案に聞こえる!

水原涼はエプロンを見て明らかに固まり、顔がゆっくりと赤くなっていく。彼がピンクの花柄のエプロンをじっと見つめている間、私の心臓は喉から飛び出しそうだった。

「もし、変だと思うなら、別にいいんだ……」

私は慌ててエプロンを引っ込めようとする。

「契約内容である以上、遵守します」

彼は真剣な表情でそう言うと、エプロンに手を伸ばし、受け取った。

目が交わったその瞬間、空気の中に何かが静かに変わり始めた気がした。

初めて水原涼がエプロンを着た姿を見た時、私は思わず噴き出しそうになった。ピンクの花柄エプロンと彼の整った顔立ちが、意外にも……可愛い?

彼は明らかにその格好を恥ずかしがっており、玄関の鏡の前でしばらく立ち尽くし、顔を林檎のように真っ赤にしていた。私はキッチンのドアの陰からこっそり覗いていたが、彼に見つかってしまい、二人とも気まずくて言葉もなかった。

しかし、ひとたび家事を始めると、水原涼は非常に集中し、真剣そのものになった。洗濯、床拭き、雑多なものの整理、どれもこれも手際よくこなしていく。窓から差し込む日差しが彼の体に降り注ぎ、一心不乱に働くその姿は、本当に美しかった。

「わお! 涼君のエプロン姿、すっごく可愛い!」

美咲先輩が二階から降りてきて、水原涼の格好を見るなり目を輝かせた。「千尋ちゃん、センスいいじゃない!」

「ち、違います! これは家賃の割引のためで……」

私は慌てて説明するが、顔は火が出るほど熱い。

「これで千尋さんの助けになるなら、私は構いません」

水原涼は真剣な口調で、美咲先輩のからかいにも全く動じていない。

その時、太郎が一階から駆け上がってきて、エプロン姿の水原涼を見るなり飛びついた。

「涼お兄ちゃん、お母さんみたいに優しい!」

太郎が水原涼にぎゅっとしがみつく姿を見て、私の心に何とも言えない感情が湧き上がった。

こんな光景は……本当に、温かい家庭みたいだ。

それからの二週間、さくら荘はかつてないほど賑やかになった。

美咲先輩が自ら修繕チームに加わってくれた。建築修理は全くの素人だが、内装や清掃を担当させると見事な手腕を発揮する。太郎はまだ小さいけれどやる気満々で、小さな工具の整理や材料の運び役として、いつもちょこまかと忙しく走り回っていた。

「美咲先輩、カーテン、もうちょっと右」

私は床から、椅子の上に立つ美咲先輩に指示を出す。

「こんな感じ?」

美咲先輩は必死にカーテンの位置を調整する。

「気をつけて」

水原涼が椅子の下でしっかりと支え、彼女の安全を確保していた。

太郎は隅っこで小さな刷毛を使い、一生懸命に壁を塗っている。小さな顔は白いペンキだらけで、まるで子猫のようになっており、それを見てみんなで大笑いした。

最も驚かされたのは、水原涼がみんなに様々な修繕技術を教える際に見せる知識の広さだった。水道管の修理から電気配線、壁の処理から家具の組み立てまで、彼は何でも知っているようで、その説明は非常に専門的かつ分かりやすい。

「涼君って、本当に何でもできるのね」

美咲先輩が心から感嘆の声を漏らす。

「水原さんがいてくれて本当に助かるよ。専門的な作業が全部片付いた」

私と水原涼が新しく買った収納棚を組み立てている時、二人の連携はますます息が合うようになっていた。彼が部品を固定し、私が工具を渡す。時折、指先が触れ合うたびに、私の心臓は速く鼓動した。

「ドライバー」

「はい」

「長めのネジ」

「ここに」

こんな無言の連携に、まるで長年連れ添ったパートナーのような感覚を覚えた。

さくら荘はみんなの努力で、少しずつ生まれ変わっていった。塗り直された壁は真っ白になり、修理された水道管はもう水漏れしない。共有スペースは美咲先輩の飾り付けで温かく居心地のいい空間になった。修繕が終わった部屋は日差しを浴びて春のように暖かく、新しく敷いたカーペットの上にみんなで座ってお菓子を分け合っていると、本当に大家族のような気分だった。

「おうちって感じがして、いいね」

太郎が屈託なく言った。

「みんなで頑張るのって、いいな。おばあちゃんも、天国で喜んでくれてるはずだ」

私は生まれ変わったさくら荘を見つめ、胸がいっぱいになった。

「ここは確かに、特別な場所だね……心を込めて守る価値がある」

水原涼が優しく言った。その瞳には、私には読み取れない深みが宿っていた。

太郎の言う通りだ。これが、家の感覚なんだ。そして水原さんは……彼は本当に、この家にたくさんの温もりをくれた。

近所の桜神社で春祭りが開かれることになり、私たちさくら荘の全員で参加することにした。

その日の夕方、私は薄ピンクの浴衣を、水原涼は紺色の浴衣を着て、祭りの人込みの中を並んで歩いた。夜の提灯が彼の横顔を照らし、私は思わずこっそりと何度も見てしまった。

祭りには面白い催しがたくさんあった。水原は射的で私のために可愛いクマのぬいぐるみを勝ち取ってくれた。私は恥ずかしそうにそれを受け取り、心の中が甘い気持ちで満たされた。たこ焼きを食べている時に舌を火傷すると、彼は心配そうに氷水を差し出してくれた。そんな風に気遣われる感覚が、本当に幸せだった。

「気をつけて、熱いから」

彼は優しく注意してくれる。

花火を見ている時、人混みで足がもつれて転びそうになった私を、水原涼がとっさに支えてくれた。打ち上がる花火の光と影の中で、私たちは数秒間見つめ合った。その瞬間の心臓の音は、花火の音をかき消すほどだった。

「まるでカップルみたい!」

太郎と美咲先輩が隣で囃し立て、私たちは二人とも顔を真っ赤にして、慌てて離れた。

祭りが終わり、さくら荘への帰り道を歩いていた時のことだ。古い木造建築の前を通りかかった時、水原涼がふと足を止めた。

「これは江戸時代中期の建築様式ですね」

彼は建物の細部を注意深く観察している。「この斗栱の構造と木材の処理方法からして、伝統的な組木工法が使われているはずです」

彼は専門的な分析を続ける。

「この種の建築の保護には、特定部位の木材を定期的に交換する必要がありますし、防虫防腐処理にも注意が必要です。この角度から見ると、梁と柱の荷重分散が非常に巧みですね……」

私は彼の解説に衝撃を受けていた。その知識は、普通の高校生のレベルをはるかに超えている。建築学科の学生よりも専門的ですらあった。

「水原さん、建築にすごく詳しいんだな……本当に、ただの高校生なのか?」

私は思わず尋ねた。

彼は言い過ぎたことに気づいたように、慌てて言った。

「お、私はただ、普段から関連書籍を読むのが好きなだけです」

「でも、今の話は、専門家のレベルみたいだったけど……」

私は訝しげに彼を見つめる。

「少し複雑に言い過ぎたかもしれません。実際は、基礎的な知識ですよ」

彼は私の視線を避けた。

「水原さん……何か、私に隠してることでもあるのか?」

「特に何も……帰りましょう。もう遅いですから」

彼はそそくさと踵を返し、前を歩き始めた。

さくら荘に戻り、私はベッドに横になりながら今夜の出来事を思い返していた。水原涼の知識はあまりにも広すぎる。それに、話し方が本で学んだというより、まるで実務経験があるかのようだ。彼は一体何者なんだ? なぜ身分を隠して、さくら荘に住み込んでいるんだろう?

水原さんの謎は、どんどん増えていく。彼はさくら荘にも、私たちにも、とてもよくしてくれる。だけど……彼は、一体誰なんだ?

――

隣の部屋では、まだ水原涼の部屋の明かりが灯っていた。彼はスマートフォンのメッセージを一つ見つめ、長い間躊躇した末に何かを返信し、そしてチャット履歴を削除した。千尋の部屋の方を見つめるその瞳には、複雑な感情が満ちていた。

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