第20章

けれど彼女は気づいていなかった。松野博がいつの間にか背後へ回り込み、息が触れそうな距離に立っていることに。

振り向いた瞬間──彼女の身体は、まっすぐ温もりのある胸板へとぶつかった。

沈村薫子は「……っ」と小さく声を漏らす。鼻先が、男のきっちりとしたスーツ生地に当たった。

慌てて一歩引こうとした。

だが、ヒールの先が分厚い絨毯の縁に引っかかる。足首がぐらりと折れ、視界が傾いた。後ろへ倒れかけた、そのとき。

「危ない!」

低く、切羽詰まった声と同時に、強い腕が伸びてくる。腰をぐっと抱き留められた。

松野博が力強く引き寄せ、彼女を確かな体温の中へ戻す。

沈村薫子の両手が反射的に、彼...

ログインして続きを読む