第64章

「……うん」

松野博は、その重たい話題をそれ以上引きずらなかった。

手にしていたグラスを脇へ置き、眉を軽く上げる。深い眼差しの奥に、ふっと笑みが差した。

「じゃあ一件落着ってことで。沈村様、そろそろ約束、果たしてもらえます? 俺、飯一回分、まだ取り立ててないんですけど。今日、いける?」

あまりにも堂々とした「取り立て」に、沈村薫子は思わず口元をゆるめた。胸に溜まっていた靄が、すっと薄れていく。

「いいよ。今夜は私が奢る」

それから三十分後。

二人は洋食の店を選んだ。

けれど、偶然というのは――こちらが望まなくても、平然と顔を出す。

席について間もなく、薫子は「まさか」と思う...

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